▼ バラバラになる百鬼
リクオが牛鬼に連れて行かれた後、神無達はというと。
「リクオ様…大丈夫なのでしょうか…」
「牛鬼がいるんだ。死なねぇ程度にやってくれるだろ」
「鯉伴様…」
あまりリクオを心配そうにしていない鯉伴に神無は不安を拭うことは出来なかった。奴良組の皆もまだ傷が癒えていない。重傷を負った者は宝船に行くよう言ってるものの、大将がやられ、負けたことがかなり精神的にきているようだった。この状況をどう打開すればいいのか、神無は必死に考えていた。
と、ゆらりと視界の端で影が揺れ動いた。
「…燈影、様…?」
「……」
すかさず神無は名前を呼んだ。名前を呼ばれ、彼――燈影はピタリと歩むのを止めた。しかし、こちらを見ようとはしなかった。
「燈影様、そのお怪我でいったいどちらに…!」
「鯉伴」
「!」
神無の心配する声を無視し、燈影は鯉伴を見ずに呼ぶ。驚きを隠せない神無に対し、鯉伴はじっと燈影を見るだけ。
「幻滅したよ、今の奴良組には」
「!」
燈影の言葉に、神無は声が出なかった。
「…悪いが、今の奴良組には興味が塵ほどにも興味が湧かぬ」
「…」
「強く、奇怪で、面白い奴良組が気に入っていたのだがな。…今の奴良組は、最悪なものだ」
「燈影様!」
奴良組を貶す言葉に神無は燈影の名を呼ぶ。しかし、燈影は神無を一瞥するだけで、特に否定や訂正をすることもなかった。燈影は鯉伴の元へ歩み寄り、止まる。
彼がじっと優しい眼差しで見つめていたのは、
「……緋真」
鯉伴の腕の中で穏やかに眠る緋真だった。緋真の頭を優しく撫で、燈影は鯉伴を見て言った。
「……」
「…じゃあな」
「…おう」
たったそれだけ。二言だけ言葉を交わし、燈影はゆっくりと影の中へと入っていった。最後まで止めようとした神無はあっさりと燈影を組から離させた鯉伴を見る。
「二代目!よろしいのですか?!そんな簡単に…!!」
「いいっていいって〜。燈影の事だから、自由にさせとけって」
「しかし…!」
「神無〜。お前さん、本当に奴良組が好きだねぇ〜」
「あっ、当たり前です!!」
神無ははぐらかそうとする鯉伴に納得のいかない様子で見ていると、鯉伴はゆっくりとこちらを向いた。
「心配すんな。…今の奴良組じゃあ、駄目なだけだよ」
いつものように、片目を閉じる仕草をして鯉伴はそう言った。その一言に、神無は反論する言葉が見当たらず、口を真一文字にした。鯉伴は小さく笑い、緋真を背負った。
「緋真様…」
「そうそう。緋真は俺が預かるよ」
「え?!」
「緋真は初めての京都なんだ。散歩でもしてくらぁ」
「え、あ、あの、鯉伴様!?」
ぬらりくらりと、緋真を背負い伏目稲荷を去ろうとする鯉伴に神無は慌てる。緋真様は疲労がたまっているはず。それなのに、その状況で散歩など。不安そうに後をついて行こうとする神無に、鯉伴は「あ、そうだそうだ」と思い出したかのように神無の方を振り返り言った。
「お前ェらは勝手にしな。本家に戻るなり、逃げるなり、ここに居るなりしときな」
「二代目!」
「ま、腰抜け野郎は奴良組にはいらねぇけどな」
「!」
脅しをかけるような鯉伴の言葉に、神無は何も言えず立ち止まる。それをいいことに、鯉伴は「じゃあな」と言って、緋真と共に伏目稲荷を後にしたのだった。
「…そう、だったんだ…」
ポツリと父さんから教えてもらった話に、あたしはただそういうしかなかった。そうだよね。燈影は元々自由を好む妖怪だ。自由で、そして面白いことが好きで。
今の奴良組には全く興味が無い。
そう言っても仕方のないこと、なのかもしれない…。
「ま、神無達はきっと陰陽師たちと一緒に封印をしに次の封印場所に向かってるだろうな」
「え、お父さんとあたしは…?」
「言っただろ、緋真」
ぎゅ、と手を握りこちらを見るお父さん。にじみ出る色気に今までどれだけの女性を虜にしたのだろうか、なんて他人事のように思いつつお父さんを見ると。
「お前は、俺と京を散歩するって」
ほら、行くぞ。とあたしの手をひくお父さん。
引っ張られるがままのあたしは、お父さんの背中をじっと見るだけで。
その後ろ姿が、
「……」
「お父様ぁぁぁぁあぁぁぁあーーーっ!!!!」あの時の背中と、重なって見えた。
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