▼ 咆哮
閑散とした伏目稲荷神社。本来ならば幾百と連なる鳥居が待ち受けているその場所は、瓦礫の場所となり、綺麗な景色が跡形もなく残っていなかった。その中に、リクオに斬られ、落とされた土蜘蛛の小指。土蜘蛛は小指を手にし、「フン」と無理やり接着させたのだった。流れる血を見、そして瓦礫の山を見、土蜘蛛は呟くようにして言った。
「飽きたな。帰るか」
興味は既に消え失せ、することも無くなり背を向ける土蜘蛛。そんな土蜘蛛の耳に微かに聞こえた弱弱しい声。
「リク…オ…様…」
思わず歩を止めた土蜘蛛。小妖怪達にではなく、別の場所を見る。
「こんな…ところで…、ハァハァ…負けられるか…」
荒い息遣い。立つこともままならない状態で、リクオは必死に意識を保っていた。
「……なんなんだおめー。なぜ壊れない!?」
百鬼を壊して、絶望の淵へと叩き落したはずの百鬼夜行の主。もう自分に刃向うコトなど出来ないはずなのに、何故そこまでするのか。
「若…」
「もう……立たないで……」
「……ダメ…だ…。ボクは…、大将なんだ…から…」
部下の必死の願いを拒否するリクオ。荒い息遣いで、これ以上どうこうすることなど出来ないというのに。
なんだよ。
これじゃ百鬼もまだ破壊れてねぇな。
土蜘蛛はリクオを見て興味が湧いた。
「おい、お前…。やるじゃねぇか」
ゆっくりと、リクオの前に吊り下げたそれ。リクオは目を丸くした。
「いいひまつぶしになりそうだ」
土蜘蛛の手によって吊るされていたのは、自分の大切な部下であり、側近である氷麗。
「…!?あっ……う…。て…てめ…何してやが……る!!」
「オレは相剋寺ってとこにいるぜ。来いよ」
氷麗を肩に担ぎ、土蜘蛛はリクオに背を向けて言った。
「自慢の百鬼を連れてな…」
ニヤリ、と最後のお楽しみを最高の至福として望んでいるそんな笑みを浮かべて。
「おいっ…まて…ふざけん…!土蜘蛛ッ…土蜘蛛ぉおぉおお!!」
土蜘蛛はリクオ達の前から去って行ったのだった。
西の山に傾く夕日。
土蜘蛛の突然の襲来によって大きな傷を負った奴良組。
「おかしいなぁ。いつもならもっと力が出るはずなのに」
「なんだか力が入んなかったんだよ」
京都の中心に見える怨念の積柱を眺めつつにぼやく小妖怪達。その背後では、必死に鴆率いる薬師一派が働いていた。
「あーあ。すげぇキズだぜ、リクオ…」
包帯を幾重にも巻く言う鴆。
「(リクオ…よく生きてた。頑丈だぜ、不自然なくらい。でも…)」
ちらり、と鴆は他の負傷者たちに目を向ける。
戦意を、やる気を喪失した奴良組、そして遠野勢。
「(どうする。オレたちは、何も知らずに…飛び出しすぎたんじゃねーか……?)」
無防備過ぎた京都への出入りに、鴆は疑問を抱いてしまった。
「リクオ…、それでも貴様、奴良組の長となる気か」
「え…」
本来ならば、この地にいるはずのない存在の声に鴆は驚き、振り返る。
「お前たちの大将、私があずかる」
ゆっくりとリクオに近付くその者。
「立て、リクオ」
奴良系「牛鬼組」組長である牛鬼がそこに居た。
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