▼ 姉弟
「あ、委員長、父さん……」
「っ……」
部屋に入ると、一番最初に気がついたのはリクオだった。リクオが呟いた言葉に、あたし達の気配に気が付いた皆は、反射的にあたしとお父さんの方に目を向けた。
ふと辺りを見渡すと、リクオと母さん、爺やしか居なかった。あたしが不思議に思っていると、気を利かせてくれたのかお父さんが「他の奴等は追い払ってくれたみてぇだ。…お前が話しやすくするためにな」って、耳打ちで教えてくれた。
「委員長!」
「っ、奴良…く…」
リクオはいつものようにあたしの名前を呼んで、こっちに寄ってきた。リクオが一歩踏み出すたびに、あたしの体は硬直していく。けど、それでも向き合わなきゃいけないって思えば自然と真剣な顔が出来た。
「カナちゃんから、牛頭丸から…聞いたよ…」
「…そうですか」
「今まで、入学式からずっと…窮鼠も、牛鬼も、四国も…今までずっと僕を見守ってくれていたことを…」
「…」
「委員長が…、本当は…僕の姉さんだっていうのも…全部、聞いた…!」
驚きが隠せていない、リクオの震えた声は、全部あたしの耳に入っていく。可愛い弟の声を、一言一句聞き漏らすなどありえない、なんて他人事のように思ってしまう。
けど、はっきりと言わなくちゃならないの。
「…どうして、今まで真実を話さなかったと思う?」
「え…?」
突然の質問に、リクオは固まる。固まってしまったリクオを見て、あたしは笑みを零して話した。
「有り得ないでしょう?死んだ人が、生まれ変わった前世で関わった人と出会うなんて…。本当なら、前世の記憶はなくなって生まれ変わるのに、あたしは完全に“転生”してないって事…」
「そ、れは…」
「誰も信じないわ、こんな話。たぶん、あたしも自分が体験しなかったら信じなかったと思うもの」
“死”というものは、恐ろしく、苦しく、そして悲しい。
肉親ならば、家族ならば、尚更のこと思いは酷くなる。
そんな悲しい結末を知っているんだったら、あたしが代わりとなって誰も哀しませないようにしようって思った。そのことを言おうとしたけど、声が出ない。まるで、出すのを許されないかのように、あたしは一回深呼吸して、リクオを見た
「…リクオを影から見守って、あまり干渉しないで生きていこうと思っていたのですけどね…」
お父さんが殺される、という1本の道から枝葉のように分かれた一つの道を進んでいったあたし。生まれ変わった場所は同じ世界、同じ時代で、あたしはまた嬉しく思ったと、同時に今までよりも関わることが出来なくなって悲しく思った。
あたしがお父さんの死を助けたことは、幼い頃見た“悪夢”の所為だといっておこう。下手に言えば、また此処で原作が変わっていくだろう…。
緊張で何を話せばいいのか分からなくなって、頭の中真っ白になっていて、ただ頭に浮かんだ言葉を赤ん坊のように単語区切りで話してしまった。それでも、お父さんたちは黙ってあたしの話を聞いてくれて、彼らに今までの思いをぶつけたくて、今までが孤独だったことを話したくて…、
「っ…、生まれ変わったことは嬉しかった…!けど、でも……」
お父さんや母さんに面と向かって会う事が出来なかったことが、一番辛かった。
死んだ人間が、生まれ変わったよ。なんて軽い口調で皆の前に出れるわけがない。だからこそ、生まれ変わったことを知ったとき嬉しいと悲しいという思いが同時に生まれた。
思いを、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしたから話がごちゃごちゃだ。でも、口が閉じるのは数分後で、終わりごろは涙が一筋、二筋くらい頬を伝っていた。
「っ、嬉しかった。でも…簡単に皆に会えないことを知ったら…あたし、あたし…!」
ぎゅっ
温かいぬくもりが、あたしを包み込んでくれた。正体はリクオだった。リクオがあたしを抱擁していたのだった。
「リ、クオ…?」
「姉さんは姉さんだよ」
「!!」
優しい声色で言ったリクオ。その言葉に、どんな思いが、どんな感情が込められているのか一瞬で分かった。涙が再び溢れ出てくる。そんなあたしに気付かないまま、リクオは話を続けた。
「確かに、今まで姉さんは僕に関係する事に対して過保護過ぎだって思うところはあった。お母さんって、言ってもいいときもあったからね!」
「ぇ、ウソ…」
リクオの言葉が地味にショック。
「どうして中学校で知り合った僕をそんなに心配してくれるのかな、って思った。でも、そんな姉さんに安心感を抱いている僕も居たんだ」
「!」
「他人を姉さんに重ねて見るなんて最低だって、知っている。けど、それでも重ねて見えちゃうんだ…」
「リクオ…」
ふと、リクオの肩を見れば…、
「!(震えて、る…?)」
肩が、震えていた。そして今更気が付いてみると、リクオの超えが鼻声になりかけていて、何かを我慢するような声で話していた。
「重ねて見るなんて、人として最低だと思う。けど、それでも…姉さんを、委員長と重ねていた。理由も大層なもんじゃない、単純な理由。…けど、」
「………」
「姉さんなら納得した!!」
「!」
リクオの言葉に、あたしは息をのんだ。と、同時に体に力が入ってしまった。それに気がついたリクオは、バッとあたしから離れて言った。
「姉さんは、僕を守るって…約束してくれていたんだ!だから、それを信じて生きていた。頑張ってこれた。姉さんは、本当はずっと影で見守ってくれていたことに、僕は喜びを感じることが出来る」
リクオは、ゆっくりと離れてあたしにお父さんや爺やと同じように、温かい、太陽のような笑みを浮かべてくれた。
「死ぬ覚悟、なんて…。もう誰かの変わりに死のうなんて思わないで…。僕の姉さんは、緋真姉さん一人だけなんだから…!」
「っ…う、ん……!!」
込み上げてくる思いと涙に、あたしは抑える事が出来なくてボロボロとまた涙を零した
すると、リクオはギュッとあたしを抱き締めて言った。
「お帰りなさい、緋真姉さん」
「っ……ただい、ま……!!」
涙は流しているけど、今の気持ちを、嬉しさをたった一回の笑顔でリクオに伝えた。今までの苦労は報われていた。リクオが無事に三代目を継ぐ道が出来、お父さんは命を落とすことなく生きていていて、母さんを泣かすこともない。
嬉しく仕方がなかった。
prev /
next