影と日の恋綴り | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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 不安

しばらくしてようやく泣き止んだあたしは、泣いた事とお父さんに抱き締められるという二つの気恥ずかしさで目と頬と耳を真っ赤にしながらお父さんから離れようとした。

「ご、ごめんなさ…!」

慌ててお父さんから離れて、瞬きするたびに残っている涙をふき取る為に目元を擦る。
お父さんの前であんな子供みたいに泣くなんて…!!
本格的に恥ずかしくなってあたしは俯く。すると、目を隠すために置いていた手をお父さんによって離される。そのままお父さんはあたしの目元を優しく撫でた。

「気にすんじゃねーよ。それより目ェ擦るんじゃねぇ。赤く腫れるぜ」
「で…、だ、大丈夫です!」
「親の前じゃ、我慢すんなっつってんだろう…?」
「!!っ…で、も………」

幼い頃に【奴良緋真】に対して言われた言葉。それは【藤堂緋真】である今のあたしに対して言っていると思うんだけど…流石にこの歳で我儘を言うなんて…。渋るあたしにお父さんはふぅと溜息を零した。

「…今お前が何歳だろうと関係ねぇよ。緋真は緋真だ。俺は、緋真に言ってんだよ」
「!」
「お前は、俺と若菜の娘だ」

優しくあたしの頭を撫でるお父さん。いつまで経っても、あたしが死んでも変わらない温かい温もり。嗚呼、本当にあたしは此処に…

「さて、と…。そろそろ皆のとこに行くか、緋真」
「っ……は、い…」

さりげなくあたしの手を掴んだお父さんに、小さい声で返事して、ギュッと強く握り返した
ゆっくりとした足取りでお父さんと一緒にさっきの部屋へと向かう。あたしたちの間に会話はない。けど、無言の空気は冷たいものじゃなくて、温かいものだとあたしは思った。
けど、ふと思ってあたしはお父さんに尋ねようとした。

「ぁ、あの…鯉伴さ…」
「………」
「り、鯉伴さん……」
「…………」

…完全に無視してやがるよこの人…。
あたしの手を離していないから別に拒絶をしているわけでも、嫌っているわけでもないのは分かる。というかそうであって欲しい(←不安気味な緋真ちゃん)。でも、あたしを無視するのは何か理由があるから。じゃないとお父さんはそんな阿呆なことはしない、はず…。
でも、何でお父さんの名前を言っているだけな、の…、

「………」

鯉伴、さん…?
ぇ、もしかしてそれが理由?いやいや、そんな餓鬼みたいな名前を呼ぶんじゃなくて…。いや、冗談きついって。いや、でも、…まさか…。
ちらり、とお父さんを見た。違う方向を見ているからどう思っているのかは分からないけど…。でも、ずっとさっきから声を張り上げて言っているんだから気付くはずだし…。
試しに呼んでみてみよう…。

「っ…、ぉ、お父さ…ん…」
「何だ?緋真」
「…………」

こいつ!!!!やっぱりそれで無視してたのか!!!
呆れたような、でも少し怒ってますよ的な視線を送っていると、お父さんはクククッて喉で笑ってあたしの頭をまた撫でた。そのままの状態であたしに言った。

「緋真、俺たちに敬語は要らねぇよ。それに、俺達は家族だ。他人のように“鯉伴さん”とか言ったら無視すっからな」
「で、でも……」
「でもじゃ、ねぇ。…分かったな」
「っ…は、……う、…ぅん…」

有無を言わさず、色気満載で言うお父さんに、あたしは恥ずかしくなって少し顔を伏せながら渋々頷いた。なんなんだよ、あの色っぽさ…。爺ちゃんの若いときも、お父さんも、リクオもなんであんなに色気があるんだよ…!
一人自問自答していると、先ほど皆が居た部屋の前に辿り着いたが、けど、あたしはその前でつい立ち止まってしまった。

「…どうかしたのか、緋真」
「…リクオと、若菜さ…母さん…それに、爺やや奴良組の皆にどんな顔で会えばいいのか分からない…」

あたしが不満げに零すと、お父さんは一瞬目を丸くしたけどすぐにあたしの大好きな柔らかい笑みを零してくれた。そしてあの安心するような声色で、ぐしゃぐしゃと手加減してくれた手つきで頭を撫でてくれた。そんなお父さんに、またホッとするあたしが居たりもする…。

「ちっぽけな心配をすんじゃねぇよ。…お前が、ありのままの、今まで思っていた事を話せば、若菜もリクオも、親父も奴良組の皆も分かってくれる。…受け入れてくれるさ。……絶対にな」
「…、はい……」

確信めいた言葉を貰って、あたしの早く脈打っていた鼓動も落ち着いていった。凄く、温かくて嬉しくて胸が締め付けられた。

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