▼ 蘇る悲劇
リクオの一閃が、玉章の腕を切り落としたその瞬間だった。
「うおっ…うおおおおおおおお!!ひゃ…百鬼が…百鬼が抜けてゆく―!!」
玉章の腕から、先ほど斬られた顔から妖力がでていくのだった。
それは、玉章が斬った四国妖怪の妖力。
「すご、い…」
感じる。とても凄い速さで玉章の妖気が出て行くのが身体に、肌に刺すような勢いで感じる。
「か…ま…まて…まつのだ…」
止まる事を知らないかのように、玉章の妖力が抜けていく。全てを無くすかのように妖気がだんだんと消えていく玉章はついに膝をついた。
「…ぅぐ…か…ち、力が…刀と…力が……!!」
小言を呟く玉章は斬られていない左腕で魔王の小槌を手にし、ふと止まった。動きを、停止したのだった。そして、再びぶつぶつと呟き始めたのだ。
「そうだ…。力…、不死のような力を…」
「ぇ…」
玉章はゆっくりとあたしに方に目を向けた。
何故だろう。
「っ…」
嫌な予感が、した。
「この娘の治癒の力を喰らえば…!!」
「なっ」
「!!?」
「っ!」
「!緋真ッ!!!」
「…ぁ……」
玉章はあたしに目掛けて身体を反転しながら刀を振り下ろした。
リクオが、あたしに逃げろと言っている。
神無があたしを空間へ逃がそうとしているのが見えた。
燈影が、あたしの前に立とうと走っているのが見えた。
けど、動けない。
「…」
玉章の“畏れ”で動けない。痛めつけられたこの身体を動かす事も出来なかった。
一瞬の出来事で終わるはずであろう事なのに、それがスローモーションであたしに向かって来ていて不思議な感覚だった。ただ、死を前にして覚悟を決めるような時間であるような気がして…。
「緋真!!!」頭に浮かんだのは、お父さんの顔だった。
「っ…」
ザシュッ
死を覚悟して、目を強く閉じたあたしに待っていたのは痛みではなくて、何かを切り裂く音とあたたかい抱擁。
「……っ」
「な……」
「………ぇ」
自分にかかる重み。肩に誰かの頭がのっかかっていて、見慣れた黒と緑の縦縞模様の浴衣。あたしの目の前には玉章が刀を構えていて。
魔王の小槌にはポタリポタリと誰かの血が滴り落ちていて。
そして、あたしに痛みはなかった。
「…な、…で…?」
だったら誰が切り裂かれたの?
あたしに寄り掛かっているのは誰なの?
ゆっくりと、リクオは名前を言った。
「おや、じ……」
「ぇ…」
「……ごほっ」
リクオ、それはいったい何の冗談だ。と、言いたかった。けど、痛みで漏れた声にあたしは目を丸くする。
あたしに来るはずの痛みが来なかったのはあたしにもたれかかっている人が、リクオのお父さんが、お父さんが、
「ぁ、ぁぁあぁあぁ……」
鯉伴様があたしを庇ったからだった。
「あ、あぁぁあぁあぁあぁあ…あぁあぁああぁぁ」
記憶が、蘇る
「お父様ぁぁああぁあぁぁあぁ!!!!!」
「なっ……!?」
「……ガハッ」ゆっくりと、お父さんはあの安心するような笑みを零して言った。
やだよ。
「…大丈夫、か…?」
やめて。
「りは、…さ、ま……?」
その姿が、記憶と重なった。
“私”はこんなことを、望んでなんていない。
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