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▼ 職場体験開始

職場体験先の希望やヒーロー名を考案してから時間はあっという間に過ぎて息、職場体験当日。
俺たちA組は、消さん引率のもと市内の駅、新幹線口前に集まっていた。俺たちの手には、コスチュームを収めた鞄と、一週間分ほどの着替えなどが入った荷物を手にしていた。

「コスチューム持ったな。本来なら公共の場で着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」

早朝であるからか、気だるげな様子の消さん。でも昨日早めに寝てたじゃねーかよ、俺よりも。

「はーい!」
「伸ばすな。『はい』だ芦戸」
「はい……」

職場体験というイベントにテンションが上がっているのか元気よく返事をした芦戸だったが、消さんに注意され、肩を落とした。それに俺たちは苦笑い。消さんは俺達一人一人の顔を見て、これ以上時間をかけたくないのだろう短く言った。

「くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」

その言葉で、全員は動き始めた。

「楽しみだなぁ!」
「おまえ九州か、逆だ」
「尾白ー、お前どこー?」
「俺は中国方面。蒼天は?」
「東京ー」
「お土産待ってるよ」
「じゃあ俺はもみじ饅頭で」
「よく知ってるなー、でもそっちじゃないから」
「マジかよ」

皆それぞれ行き先が違う上に、交通手段も違うようだ。大半は新幹線を使うようだが、電車やバス、飛行機に乗る奴もいた。互いに頑張ろう、と声をかけながら、乗車時刻に間に合うように皆は移動した。緑谷と麗日が解散後すぐに俺たちから背を向けた飯田を気に掛けていたのが気になっていたが、自分達も乗車時刻の機関に乗り遅れないようにと足を進めた。

「………」
「……」

そうしてその場に残ったのは、俺と消さんだけだった。俺はくるり、と消さんの方を一度振り向いた。
消さんは俺をじっと見たままで、早く行けだなんだとは言わなかった。

「ちゃんとした飯、食ってくださいよ」
「分かったよ」
「帰ったらちゃんとチェックさせて貰いますからね。補給ゼリーの数とか。あ、あとマイクさんやミッドナイト先生にもちゃんと飯食ってるか監視お願いしてるからな」
「用意周到過ぎだろ、お前」
「備えあれば憂いなしって言うじゃん」
「ったく……」

俺はそこまで信用されてないのか、という消さんについ「日頃の生活のせいで」と言ってしまった。でも怒ることもなく、消さんは俺をじっと見たかと思えばぐしゃ、と俺の頭を撫でた。驚きながらも上目遣いになって消さんを見て、カッと頬を染めた。

「しっかりと学べよ」
「…おう」
「気をつけて行ってこい、カケル」

俺から手を離し、口角を上げて見せた消さん。その言葉が嬉しくて、コスチュームを持つ手にぐっと力が入った。不安と微かに抱く期待を胸に、俺も笑った。

「行ってきます、消さん」
「ああ」

他のクラスメイトがいないのを良い事に、いつものように彼の名前を呼んで、俺は改札口を通った。ホームへ続く階段の前でもう一度消さんが立っている場所へ目を向ければ、こっちを見ていた。それに驚いたけど、嬉しくて手を振ってから今度こそ振り返らず前へと歩き進んだ。
新幹線、在来線を使って俺が降りたのは東京都にある池袋だった。前々世を思い出す、懐かしい光景に、気持ちは高揚していた。でも、俺が此処へきたのは職場体験のため。気持ちを切り替え、まずは事務所へ向かうためナビを駆使する。
それにしても、流石池袋。賑やかだなぁ。
思わず辺りを見渡したその時だった。

ドカァァァン!!

「!?」
「キャアア!!」
「!」
「うわああ!ヴ、敵だァァ!!」

大きな爆発音と悲鳴。何事かと思って、ほぼ反射的に振り返って見れば、すぐ近くの建物でモクモクと黒煙が立ち昇っていた。そして、その傍には巨大化の個性なのか巨体を動かし暴れ回る敵の姿が。
まさかの展開に驚いた。

「おい、ヒーローは!!?」
「まだだよ!」
「逃げるのよ!」
「っ…」

ヒーローを待つことしか出来ない一般人は我先にと逃げ始める。子供が親とはぐれたのか、道端で泣いていた。それに目もくれず、敵から離れようと必死に走る人達。醜い姿が露になるこの場。公共の場での個性の使用は違反だけども、目の前で守るべき人達が傷つく姿を黙って見ているわけにはいかない。

「っ…」

静かに髪を個性で黒弦にして、バレないように動こうかと思ったその時だった。

「こーら」
「!」

肩に手を置かれた。

「君はまだ、戦っちゃダメでしょ!動きたくのは分かるけどネ」

ドクリ、と大きく脈打つ心臓。幻聴かと、耳を疑った。けど、その口調、声は俺にとって、懐かしく思えるものだった。
聞き間違えることなんて、有り得なかった。

「ま!お前はそこで、待っててくれよ」

ぽん、と頭を優しく撫でたその後ろ姿。逃げまどう人々をすいすい通り抜けて、単身自ら敵の元へ歩み向かう男。
そいつを俺は知っていた。
光に反射して、鈍色に輝く髪。

「カっ……!」

思わず名前を口にしかけた俺だったが、被さるように敵がものを破壊し、轟音が大きく響き渡った。
怯えた様子もなく敵を前にして、男はあからさまにため息を零した。

「まーったく…。せっかく迎えに行こうと思ったのに、どーしてこういう時に現れるのかねぇ」
「邪魔だ、どけぇぇ!踏みつぶすぞぉぉぉ!」
「面倒だね…どーも」

刹那。
眩い光が視界を覆った。思わず腕で目を覆ってしまうほどの光は、ほんの一瞬だった。敵から背を向け逃げていた人々も、パッと一瞬光った何かに足を次々と止めた。そしてゆっくりと敵を仰ぎ見た。

「ッ……ガ、…はっ……!!」

口から黒煙を吐き、全身真っ黒焦げになっていた敵。何が起きたのか、その瞬間を見ていない人々は、ただ茫然としているだけだった。それは俺も同じだった。
でも、それ以上に、そいつが、あの男が“この世界”にいることに驚いた。

「(夢、なのか…?)」

受け入れるには時間が必要なことだった。
でも、目の前で起きている事は現実だった。

「いやー、参った参った。まさか暴れる敵が出るとは思わなかったよ」
「!」

気づかないままその男が俺の隣に立って、困った様子ではない口調でそう言った。速くなっていく鼓動をそのまま、ゆっくりと隣を見た。
目が合った。

「……それじゃあ、行こっか」

焦げて気絶し個性を解除した敵をそのまま。男は俺にそう言い、くるりと背を向けて歩き始めた。

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