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▼ 久しぶりの対面

「えっと……ここか」

逆算で7時を回る5分前に到着した俺はその店の看板を仰ぎ見た。辺りは仕事帰りだったり遊び帰りだったりする人達でにぎわっていた。なかでは路上ライブをしている人もいて、個性を少し使ってるのか行き交う人々の足を止まらせていた。
そんな人達を横目に、消さんを待った。

「ねぇ、あの子。雄英の1年生の蒼天カケルくんじゃない!?」
「えっ、やだ!そうだよ!三位に入ってた子!」
「………」

帰社途中のOLさん二人が俺に気付いて騒ぎ始める。小さい声で言っているのかもしれないけど、普通に俺に届く声で、どう反応したらいいのか分からなかった。
というか、見ただけでよく分かるな。……髪の色のせいか?

「あの子、凄かったよねー。一位の子を圧倒してたのに」
「ねー!でもテレビで見た時はカッコいいって思ったけど、生で見たら可愛い〜!」
「分かるー!でも服のセンス良すぎじゃない?めっちゃ似合ってるよね!?」
「ねぇねぇ、声掛けちゃう?どうする?」

それだけはやめて。俺が恥ずか死ぬヤツ。
消さん早く来てよ、と聞こえないフリをしたまま時計を見れば集合時刻の二分前。
あ、これやばい。除籍される。

「(いないってのに、どうしたらいいんだよ。……え、もしかして中に入ってろってか…?)」

辺りを見渡すが消さんの姿はない。それよりも、さっきのOLさん達の話を横で聞いてた人達が俺に視線を向けてくる。しかもその距離はだんだん、じわじわと狭まって来ていた。
あ、これはヤバい。

「(今捕まったら遅刻は目に見えてる。だったらそれよりも先に早く店に入るべきだわ…!)」

スマホを一度見て時間を確認ついでに消さんから連絡が着ているかも確認。しかし何も着てなかった、ふざけるな。
もうこれは中に入るしかない。
近付いてきた人達に最後まで気付かないふりをして、俺は居酒屋の中へ入った。

「らっしゃーい!ご予約のお客様ですか〜?」
「ぇ、あっと……たぶん、相澤で予約してるんですけど……」
「はい、予約されてますよ!ご案内させていただきますね〜!」

戸惑いつつも受け応えする俺に、ニコリと気前のいい笑顔を浮かべる店員さん。そのまま俺を案内するのだが、一階じゃなくて全個室となっている二階だった。それだけでも驚くというのに、手前の部屋を通り過ぎて、店員さんは奥へ奥へと進んでいく。
え、そんな奥なの?奥の個室って、基本社会的地位が高い人達が予約してないか?

「(なんで消さん、そんな奥の予約取ってんの!?普段面倒臭がり屋な人が、なんでそこまでしちゃってんの!?)」

内心動揺している俺を余所に、店員さんが奥から三、四番目に近い場所で足を止めた。そして、俺を見てニコリと営業スマイルを送って「こちらになりまーす!」と案内を終えるのだった。

「おしぼりをお持ちいたしますね。またその時のお飲み物もお伺いさせていただきます〜!」
「ぇ、あ…分かりました……」
「それではごゆっくりー!」

俺に一礼し、彼女は戻って行った。ぽつり、と残された俺は去って行く店員さんの背中から目の前にある襖へと目を向けた。
何故だか、厳粛とした雰囲気を漂わせるものだった。

「(は、入りづれぇ………)」

重苦しい空気が部屋の中から流れてるのは俺の気のせいだろうか。来たのはいいけど入りたくない。めちゃくちゃ入りたくない。
でも入らないとあの人五月蠅いよな。ていうか、こうしてる間にも店員さんおしぼり持って来るからさっさと入らなくちゃいけねーよな。でもよ、これ絶対に消さんだけいるはずない気がするんだよね。消さん一人だったらまずこんなところこないだろ。不合理の極みでもある店にあの人が行くわけないんだから。
じゃあなんで此処に来いってあの人言ったんだよ!

「遅ェ。いつまでそこでちんたらしてやがる」
「おわッ!?」

物静かに障子が開き、出てきたのは消さんだった。しかも、昼間は巻かれていた包帯がほぼ取れた状態だ。消さんの気配に気付いていなかった俺はもう心臓バクバク鳴って、消さんを盗み見る体勢になっていた。そんな俺に呆れながらも消さんは「さっさと入れ。7時過ぎたら除籍にするって言っただろーが」となんとも理不尽な事を言いながら中へ入った。
そんな事言ったって、普段こんなトコ行かないんだからどうしたらいいか分かんねーだろ…。
ここでぶつくさ言っても消さんは無視をするだろう。言いたい事をぐっと我慢し、消さんに続いて中に入って…。

「……え…?」

自分の目を疑った。

「あら、やっと来たのねカケル!」
「カケル、今日はお疲れだったな!」
「……とう、さん…、それに、かあさんも……」

少し先に初めていたのだろうか、お酒を片手に笑顔を浮かべているのは、間違いなく俺の実親。今もプロヒーローとして活躍し、名を馳せている、実力派ヒーロー。
久しぶりすぎる再会に、一瞬現実かどうか疑ってしまったほどだった。

「な、なんで…?つか、仕事は…!?」
「あら、やだ。自慢の息子が雄英体育祭で三位に入ったのに、仕事でお祝いもしないなんてそんな事しないわよ!」
「ぇ、いや、でも連絡……」
「サプライズだ、カケル!お前のびっくりした顔が見たくてな!どうやら、思った以上に驚いてくれて、嬉しいものだな!」
「いや、そりゃ普段会ってない両親に会えたら誰だってびっくりするだろ」

相変わらずのマイペースというか、のんびりな二人に俺はついツッコミを入れる。呆れたため息を溢すが、すぐに机を挟んで静かに飯を食っている消さんに目を向けた。

「…消さん、知ってたのかよ」
「お前がちんたらしてるからな。それに、二人に頼まれちゃ、俺も付き合うしかねーだろ」
「………」
「ほら、カケル。いつまで突っ立ってるの!消太くんの隣に座りなさい!」
「消太も、ちゃんと飲むんだぞ!」
「ほどほどにさせてもらうからな、俺は」

消さんは俺の父方の親戚の人。だから、父さんに対しては容赦ない言葉を送るが、それを怒ったりもしないで笑って吹っ飛ばすのが俺の父親だった。そんな二人を見て笑う母親は、のほほんとしているように見えてしっかり者で父親を尻に敷いたりしている。つまり、我が家の家庭はかかあ天下だったりするのだ。

「さぁ、今日は無礼講!カケルのお疲れも兼ねて、今日は飲んで食うぞー!」

すでに酔いが回りつつある父さん。相変わらず元気そうで安心するが、相変わらず過ぎる陽気さに顔が引きつりそうになった。まぁ、泥酔するような事はないだろう。母さんがいるんだから。

「カケル、あなたは飲み物どうするのかしら?」
「酒は頼むんじゃねーぞ」
「隣に教師がいるってのに飲むワケないじゃん。……えっと、ノンアルの…っでェ!!」
「ノンアルでもダメだ」
「じゃあコーラでいいよ!心の狭い人だなぁ!!」

ノンアルくらい飲ませてくれよ!中身は成人してるんだから!
なんて言えるはずもなく、俺は仕方なくコーラを飲むのだった。容赦なく背中を叩いた消さんに睨むが、本人はどこ吹く風。
くそ、怪我してるところ蹴ってやろうか…!
そんな遠慮ない俺達のやり取りに、母さんが目を丸くしていたことに俺は気付かなかった。

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