▼ 芦戸VS蒼天
(緑谷side)
第5試合は、A組同士の戦いだった。
蒼天カケルくん。そして、芦戸さんの戦いに、クラスの皆も応援に熱を入れていた。
「三奈ちゃん、頑張って〜!」
「蒼天、頑張れー!!」
「蒼天、やっちまえ〜!!!」
「?」
「格闘ゲームみたいに、服が破れる感じで倒せぇぇぇ!!!」
「クソかよ!」
一人だけ、必死すぎるけど…。
峰田くん、なんて自分の欲に忠実なんだ…。耳郎さんも呆れた、というか軽蔑の視線を送ってる。蛙水…ゅちゃん、も!また舌で峰田君を叩きそうな感じ。
まぁ、蒼天くんが峰田くんのリクエストを受けることなんてないだろうけど。
「芦戸さんと蒼天くんの対戦…!二人の個性から考えると…」
芦戸さんの“個性”は酸。酸性の溶解液を分泌できて、物を溶かして無力化したりできる。溶解液を投げるように放てば、それを警戒してその隙に攻撃を繰り返すっていう方法もできるはず。
反対に、蒼天くんの“個性”は糸。確か蒼天くんは自分の髪を糸にしていた。USJの時は、使い慣れていた様子で敵を倒していた印象が強い。でも、あくまで蒼天くんの使っているのは糸。芦戸さんの酸だと、糸が解けるんじゃないのかな。
「試合のステージには遮蔽物がない。蒼天くんの攻撃は中距離攻撃が主なはず。芦戸さんはどうやって接近戦にもちこむのかな…!」
ああ、でも…。
≪さァ行ってみようかァ!!第5試合、START!!!≫
プレゼント・マイクの合図で、二人の試合は始まった。
先に動いたのは、芦戸さんだった。手から溶解液を分泌して、それを容赦なく蒼天くんに投げ放った。
「先手必勝!」
「おっと、まさかのいきなりとは…!」
ジュワ、とコンクリートが溶ける音。そこそこの酸濃度があるようで、人間が触れたら火傷を受けるはず。芦戸さんの攻撃を軽々と避けて、蒼天くんは髪の毛を一本抜いて、それを糸にした。
思えば僕、蒼天くんの戦う姿改めて見る。
「ちゃんと見て、研究しなきゃ…!」
ぎゅっと、ペンを握る手に力が入った。
蒼天くんは黒い、でも少し赤色の混じったような糸…紐、かな。それを取り出して、あやとりをして芦戸さんの攻撃を警戒していた。芦戸さんも蒼天くんをすごく警戒しているようで、隙を探そうとしている。
「糸と酸、どっちが有利か蒼天くんも分かってるでしょー!」
「そうだなぁ。確かに、芦戸のほうが優勢かもしれねぇな」
「ふふん!だったら、さっさと降参したらどうよー!」
話している間にも、何度も芦戸さんが溶解液を飛ばして、それを飛んだりして回避する蒼天くん。蒼天くんからの攻撃はないのか、とプレゼント・マイクが言うけど、本人はまだ自分から動こうとはしない。でも、必死な様子でもなくて、むしろ余裕な様子。
芦戸さんから降参しろ、と言っているのに、蒼天くんは「それは無理な事だな」と言って、ラインギリギリのところで戦う。これは芦戸さんが誘導しているのかな…。あと一歩でも後ろに下がると場外で負けそうなのに、余裕綽々とした態度でかわす蒼天くん。
≪芦戸の誘導か、蒼天はラインギリギリまで追いつめられてるぜぇ!!オイオイ、このまま何もしないまま負けちまうのかァ!?≫
「!」
「…?」
プレゼント・マイクの言葉に芦戸さんが一瞬目を瞠った。それに僕は気付いたけど、なんで驚いた顔をしたのかは分からなかった。もしかして、意識的に誘導していたわけじゃないって事…?
え、そうしたら、もしかして…。
「っ場外で、負けちゃえ!」
長い間酸を出すのが辛くなったのか、額に汗を流した芦戸さんが最後の攻撃といわんばかりに、今までより多くの溶解液を蒼天くんに向けて放った。
あまりにも放射範囲が広くて、横に逃げる事ができないのは僕にも分かる。さすがに一歩後ろに下がるしか、回避する方法はない。
避けないと、酸を被って火傷する。
「蒼天くん!」
思わず声を掛けた時だった。
「…」
待ってました、と言わんばかりの笑みを蒼天くんは浮かべた。
(緑谷side終)
誰もがその光景に目を疑った。
芦戸の攻撃は、威嚇に近いものだったのは誰もが思った。今までの攻撃を躱していたのだから、今回も躱すはずと。左右が駄目なら後退するしかない場面、皆が俺の場外にての敗退だと思ったはず。
けど、悪いな。
≪な、なんって事だァァァ!!!オイオイ、そんな事があってもいいのかよ!?≫
マイクさんが驚き声を上げる。会場も騒めいていて、誰かが悲鳴を上げたりもした。顔面蒼白で茫然としている奴もいる。
なにより一番驚いているのは、彼女だろう。
「…え?…えッ?!」
あまりにも突然の出来事、いや、予想を反する光景に、彼女は受け止められずにいた。
それもそうだよな。
≪蒼天、芦戸の液体をモロにかぶったァ!!?≫
「うっそぉ!!!?」
だって、俺ってば芦戸の攻撃を躱す事もしないで、溶解液を被っちゃったんだから。でもやっぱり思ってた通り、彼女ってば少し酸濃度を強めにしちゃってたね。
唖然とする芦戸や観客席の面々。A組のメンバーもあまりの出来事に呆然としていた。
頭からかぶった酸でジュウジュウと音を立たせる俺の身体。姿が見えないほどに煙が上がり、俺の姿がどうなっているのか分からない様子。芦戸が慌てて俺に近寄って、どうなっているのか青ざめた表情を見ようとしていた。主審であるミッドナイト先生も驚いているようで、「担架!」と指示を出していた。
≪こ、これは思わぬ事態だぜ…≫
≪……ぅ≫
≪ん?なんか言ったか、イレイザーヘッド≫
「……ん?」
ああ、どうやら気付いた奴がちらほら出てきたみたいだ。
そろそろ、時間だな。
≪まだ、試合は終わってねぇぞ≫
≪は?≫
「ぉ、おい、見ろ!あれ…!!」
「?…ぇ、」
もくもくと立ちめく煙の中、芦戸は微かに見えた。
「……ひ、も…?!」
俺じゃなくて、何重にも巻かれている黒弦。
「どういうこと…!?モロに被ったんじゃ…」
「そしたら俺、声を上げて苦しむだろ?」
「!!?」
背後から聞こえた俺の声に、彼女は反射的に振り向いた。
それが、運の尽き。
「よそ見」
振り向いた彼女の額に、トン、と指を当てた。突然の事に身体が支えれるはずがなく、彼女は一歩、二歩後退してしまい…。
「はい、俺の勝ち」
「……へ?」
芦戸は場外に立ったのだった。
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