廊下ですれ違う。移動教室で合同に授業を受ける。そんな些細なことでも、隠れてほくそ笑む。それだけのことで心が幸せになる。
俺の好きな人は、俺の大切な友人のことが好きだ。好きになった娘が、神童を好きだったというのも珍しいことではない。むしろ良くある話だ。ただあまりにも神童を好きな娘が多すぎるため、半分は容姿とか、家柄とか、ステータスに惹かれているだけだと思ってしまう。だが、彼女はそのタイプには属さない所か、はたまた純粋に神童を好いているというワケでもないように見受けられる。それは、松風がサッカーに真っ直ぐ向き合っているのと、それとなく似ている気がする。
彼女のことを好きになり始めたのは、彼女が友人と思しき人物と話している姿を見掛けた時からだったと思う。あれは確か、まだ一年生の時、木々が色濃く秋色に燃えあげられて間もない頃だ。それは日常茶飯な極めて普通の光景なのだが、その時あることに俺は気がついた。無意識の内に彼女のことを目で追っている自身にだ。俺はその事実に辿り着いた途端、まるで真夏の大都会に放り出された様に体温が急激に上昇した。足は木が根を張り巡らすが如くその場所から動かすこともできず、目を逸らすこともできなかった。時間が止まってしまった俺の肩を誰かが叩き、意識が浮上するその瞬間に彼女と目があったことを、忘れられないで今も覚えている。
純情可憐とは彼女の様な人に対して使うのだと、面白おかしく彼女の奇行を笑っていた過去の自分に説教し、更に痛めつけてやりたいと、俺は思う。今考えれば、神童の周囲を付けて回すあの行動力には感心するし、だからといって目立とうとはせず、彼女の姿は一心に健気だった。なんと可愛らしいのだろう。反芻すればするほど、彼女の記憶は美しいものに変容していく。例え、彼女が好いている意中の人物が俺の最も親しい友人であっても、だ。
客観視ばかりしている俺は、いざ彼女と話す機会を与えられた時、それまで溜め込んでいた泡を吐き出せずに飲み込んでしまう。吐き出さないから息が詰まり、呼吸をしたくて逃げ出したくなる。唇が乾くのは緊張しているからだ。だが、動揺してものが言えなくなっている俺に彼女が気がつくことはなかった。何故なら、彼女の興味の先に俺は存在していないからである。彼女の視線の先にあるのはいつだって神童拓人、俺の大切な友達だ。彼女がレンズ越しに投影する彼は、同性の俺から見ても確かに魅力的だった。
けれど、それだけだ。彼女が直接彼に接触を試みる所を、マネージャーとしてサッカー部の者になって未だ尚目撃したことがない。それならどうして、俺は彼女は純粋に神童のことを好いていると断言できるのか。それは彼女の口から直接その言葉が出てきたから他にない。だからこそ、俺は彼女に潜めた心をひけらかすことができずにいる。そうしている内に、俺は彼女の幸せを願うようになっていた。被写体での神童にしか話しかけられない山菜と、半ば偶像である神童の間に割り込み介在することもできた。でも俺はしなかった。見ているだけで、十分幸せは満たされていったのだから。

  

 企画:「誰にも言えない」提出

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