世界編
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「鬼道ちゃん、俺が嫌いか?」
「お前はマゾなのか」
不動は鬼道によく己について問うてくる。
「嫌いだがな」
決まって鬼道の返答はそれで、変わらない言葉に満足げに薄ら笑う不動。
「相変わらず素直じゃねぇな」
「何…?」
何故コイツは自身に絡んでくるのだろうかと眉をひそめ、ゴーグルの奥の瞳は鋭く光る。
「俺は鬼道ちゃんのこと割と好きよ」
「お前が俺をどう思おうが勝手なのと一緒で、俺がお前を嫌いなのも俺の勝手じゃないか」
どこか厭らしい目つきで見つめてくるものだから、その視線にゾッとしたため不動から目を逸らした。頬杖をついた顔の口元は薄く笑みを湛えたまま目が細められる。
「そういうんじゃねェよ、俺が言ってんのは」
目を逸らした鬼道からは見えないが、楽しそうに鼻で笑った。その輪郭のある気配に再び鬼道が不動の方を見やる。
「鬼道ちゃん、さぁ、俺に消えてもらいたいでしょ」
「!!」
「図星、か」
不動は猫の様に目を細め、クスクスと笑った。普段、下品な笑いばかり洩らす不動としては珍しく淑やかである。
「あー、でも改めて直々に言われるとショックだなぁ俺」
本当にそう思っているか、否かは定かではないが、天を仰いで少し残念そうな顔をする。
「俺は言ってなどいない。お前が自分で言ったのだろう」
心なしか鬼道は気まずそうに言う。仮にも顔の造りが綺麗な不動がそれらしい顔をすると映えるが故に、罪悪感が生まれた所か。
「鬼道ちゃんは別に俺のことが嫌いなワケじゃないだろ。そう思うことによって俺と、いや。影山と少しでも関わりたくないワケだ」
「あ…」
「ふーん、また図星?わかりやすいな、鬼道くんっ」
ゴーグルの奥の目が揺れる。
(コイツはどうにかして俺を詰りたいのだろうか…)
そんな思いとは裏腹に目の前の不動は不愉快そうに表情を歪めた。
「……なよ」
「不動…?」

グッ

「う、わ!」
不動は突然テーブルの反対側に座する鬼道の襟刳りをこちらに引き寄せた。とは言っても、不動はテーブルに膝を着いていて、ほとんど直接的に彼の方から近づいたようなものだ。
元より大きな双眸は見開かれ、全てを見透かすようなその目を目の当たりにして鬼道に冷や汗が浮かぶ。
「ねェ、俺を見て影山さんを思うなんて理不尽だと思わない?」
「う…」
確かに。
鬼道が不動を嫌いな理由もまた理不尽なもので、彼の中で影山が色濃く付いてしまったためである。
「鬼道ちゃんは俺が嫌いなんじゃなくて影山と関わっていた俺のことが嫌いなんでしょ?影山が嫌いなんだろ?なぁ」
「………」
一気に捲くし立てるようにして喋る不動は鬼道に詰め寄る。
(ああ…)
鬼道は不動が何を考えているか、何を言おうとしているか察した。
「影山さんは、俺も嫌いだよ」
「え」
「いいじゃねェか。最高傑作。正直、アンタが羨ましい」
「不動…」

パッ

不動が掴まえていた襟刳りを離したため、鬼道はパイプ椅子に勢いをつけて深く座ることとなった。ムッとした鬼道が不動に抗議の声を上げようと不動の方を見れば、これまた度に戻ったのかパイプ椅子に深く座り若干俯いている。
良く見ると顔は赤く、気恥ずかしそうな様子に吐息を零した。
「嫌いになんなら、影山と関わった俺としてじゃなくて、俺だけを嫌いになれよ。俺だけを見ろよ」
「は、はは」
思わず笑ってしまった。鬼道は口元に手を持っていく。恥の朱色が憤りの赤へと変わっていくのが見て取れた。
「俺があまりに素直にならないから素直になってくれたのか?」
「う、うるせェ!その…あれだ。口が滑ったんだよ」
上手いことを言っているつもりなのだろうが、それは間違えた表現で呆れそうになる顔を引き締めて鬼道は考え直す。
不動の言っていることは間違いではない。鬼道は確かに影山に関与し、その影山と同様のものとして不動を良く思っていない。そして、不動を見ると脳裏にあの忌々しい男の顔が浮かんできてしまう。全くもって不動の言う通りだ。影山に関してあくまで不動は不動、その上影山に無碍にされて本人とて影山を良く思ってはいないことだろう。理不尽な話だ。
「では、お前が素直になってくれたようだから、俺も素直になるとしよう」
それでも鬼道は言う。
「俺の前から消えてくれ」
「………はぁ!?」
最初にズバリ不動が言い当てたものをそのまま口にする鬼道に間を置いて疑問符を浮かべる。その戸惑いを隠せない表情は年相応よりも尚子供っぽい。
「影山がいないとしても、俺は少なくとも今のお前は嫌いだぞ」
その表情を見て、してやったりと鬼道は少し前の不動のように満足そうに笑う。
「チッ、消えてやらねぇよ!!」

ガンッ!

パイプ椅子を蹴散らすと、激昂した不動は乱暴に扉を開け放つ。
気分を損ねさせてしまったようだ。やれやれと思いつつも出て行った不動の後を追いかけてやろうと立ち上がった鬼道は気がつく。お互い素直になろうが、素直にならなかろうが、己らの関係は変わらなかったのだと。ただ、苦しい思いはしない。
鬼道は弁解の余地はあるとして部屋を出た。


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不器用が可愛い子供

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