「お前、自閉症なんじゃないの?」

私は理数系の勉強が好きだ。対して、どうにも文系の内容は嫌いである。勉強する気にもならない。勿論誇れることではないが、テスト前の事前学習でさえないがしろにする。だからこのようなことを言われる羽目となるのだ。
「は?」
頭上から降ってきた軽率な声音に低い声が出た。髪を撫で付けていた手を動かすのをやめ、腹部だけが視界に映る二人組を睨むように見上げた。何の特徴もなく、反対に覚えるのが容易くない顔だ。
「だってさ、国語全然できないじゃん?」
「じゃあ自閉症って意味もわかんないとか」
あはははは。
顔のパーツパーツをニヤニヤと歪ませたクラスメートが言う。煩くてたまらない。
耳障りの上、いつぞや私の返却された答案用紙を盗み見たのだと、問い詰めてやりたくなる。そうでもしなければ、たかがクラスメートが私の不得手を存知しているワケがない。
相手にするだけで無駄な時間を浪費することは著しく惜しいことなので、勝手を決めて彼方を向く。第一、そのように他人を嘲る奴ほど、愚劣なのが多い。身近にいる赤い頭の狂暴なのがそうだ。
「否定しないんだ?」
「肯定するんだ?」
煩い。
えも言われぬ感情が昇る。酷く悔しいと感じた。ひょっとすると、それを事実だと私は認めているのかもしれないのか。私の体は無意識に前に傾く。

「何それ?」

知人の声が直ぐ横で聞こえた。はっとして、顔をあげると私の着いている机の横にヒロトは立っていた。握りしめた拳は彼の指先に軽く叩かれる。一時体から力が抜ける。
「う、わ」
幽霊でも見たような声を出して一人が慄いた。更に追って「ねえ、何なのそれ?」とヒロトは問い掛ける。指先は私の肩を優しく叩いた。少し息を抜く。
「何って、何?」
驚き慄いた奴を押し退け、もう一人が苦り切った顔をして問うた(そんな顔をしたいのは私の方だというのに)。
「え、自閉症?」
ヒロトは小鳥がそうするように小首を傾げ、囀る様に問い返す。綺麗な横顔にレッテルの如く貼り付けられた微笑みがいつもより高価に見えた。
「だから、自分の内に引きこもって興味のあることしか」
「あっははっは、ははははは!面白いことを言うんだね。君が言うそれが風介なのなら、俺との接触なんて随分と前に断っているはずなんだけど」
私はヒロトの高笑いに目を見張る。何とも自虐的な物言いは、普段のヒロトにはないことで、到底似つかわしくない。微笑みはいつもと比較して安価ではない。
(ああ、私のために…?)
私と同様に、私を揶揄していた二人はヒロトを眼下に顔を引きつらせ硬直。チラと周囲に目を配らせば、他にもこちらを見やるギャラリーが数名。
「基山、私は平気だ」
頭頂部をトントンと指先で叩かれる。嫌な感じはしないが、否だ。 直後、一際大きな声で言った。
「謝れ。本当に自閉症で困っている人に失礼だ。謝れ」
「はあ?」
真顔で顔色最悪なヒロトの言動は私とて想定外の一言であった。それは彼を偏見の目で見るには丁度良い素材と成り得てしまう。案の定、二人は気持ちの悪いものを見る目で「意味わかんねえ」と唾を吐いた。
いたたまれなくなった私は、ヒロトの拳を指先で軽く叩くことしかできないのだ。

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