おひさま園より南に位置する山野が火事になった。火元は不明。平たい山は人の土地であり、登山家は訪れない名もない盛り上がり。不審火と言うほかにないが、何せ火種が無い。人為的な行い以外に有り得ないのだ。
生憎おひさま園との距離はある程度あり、俺達がまだ幼い子供であるからか疑われることはなく、ただ従業員の人々が不審人物を見つけたら警察に連絡をしてくれと告げられたただけに終わった。俺はこの時本当に馬鹿だなぁと、奴ら警察のことを嘲笑い、己が未だ幼き少年であることに感謝した。こんなこと子供でなかったら捕らえられてしまう恐れがあるためしようとも思わなかったろうし、まあ少なくとも子供であるから疑われはしないのだと。いや、もしかしなくとも子供でなくともこのようなことは考えるのかもしれない。なに、たまたまテレビニュースを見ていた時に、逮捕された放火魔が言っていたものでね。そのイーブンって奴を模倣してみただけだ。けれど、そのイーブンはもはや俺が考えていたことそのもの、すべてだった。
「ずいぶんと楽しそうだな」
訪れた警察が去っていった方向を見つつ、そう脳内で自問自答をしていると気がつかなかった、背後にいつの間にかに風介さんがいらした。己の世界に入り浸っていて気付くことが遅れたことに申し訳がない。
「いつからいらしたのですか?」
誠に勝手ながら、気付くことが遅れた己のことは一先ず棚に上げてしまい風介さんに俺は問うてみた。風介さんは眉をひそめて俺達の部屋の入り口へと目を向けた(ここはMFの子供たちが三人ほどで飯や風呂以外の時を過ごしている)。
「君が窓を開けて鼻で笑っている時には既にいたよ」
その返答にどう答えたらいいものか俺はわからず、困惑した表情をしてみせた。何せ、風介さんは警察を嘲笑っている姿を眼中に納めていると仰られたも同然だからである。
「私の勝手な思いつきだが、君にはこの山火事が快いものと思われていると見た」
そう仰られた風介さんの瞳は寒気を含んだ可憐さを称えている。俺は風介さんのその瞳が苦手で、ゾッとして全身が鳥肌で泡だつようだった。どうしてだろうか、それは人を攻め立て追い込むような眼差しなのだ。
「蓮」
その瞳はこちらへと振り向き、俺を見据え、名前をお呼びになった。
「私は火が嫌いだ」
「あ……」
今、俺はまずったと言わんばかりの顔をしているのだろう。そんな表情を晒してしまえば、己が何を考えて何をしたかなんて悟られてしまう。俺が火種であるとバレてしまう。
風介さんに表情の変化は顕れない。秀麗な双眸は俺を射る。肌寒い視線に目眩し、改めて美しい容貌をお持ちでいらっしゃるなぞと場違いな思案を覚えていた。
俺は風介さんの男性的美貌に強い憧憬を抱いていた。望まれるべくして自分は彼といき逢えたのだと信じてしまいたい。だから、そんな風介さんに軽蔑の眼差しを喰らうのは末恐ろしいことだったのである。
「蓮、私は君を軽視していたようだ」
俺は息を呑んだ。築き上げて来た全てが終わるような感覚は、五感を麻痺させる。目を瞬かせる風介さんが考えられる黙想は何か。風介さんからの次の言葉が与えられるのを恐ろしく感じてしまい、怯える俺は深く俯いた。
しかし、予期される流動的発言は待つだけで訪れない。俺は見限られたのだなと悔恨を胸中に抱き、面を上げれば風介さんの姿は無かった。それはそれで苦なものではあったが、ある種の黙認を含ませたその対応には感謝する他にあるまい。
俺の理想は、イーブンなど無い彼だと言うのに、思うだけは簡単なもので、彼のようにはなれないと、改めて己に見切りをつけた。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -