『オイ、浮気するなよ』
騒がしい足音鳴らして近づき、顔を赤く蒸気させた冬司は蓮を睨みつける。赤い目は険しくしかめられて、少し涙が浮かんでいる。生唾を呑み込んで、次に蓮に言い返されたらなんと答えてやろうかと思惑しているようだった。
『友達くらい好きに選ばせろよ』
冬司の剣幕を見た蓮は、慌てた様子も見せずに、おもちゃを片しながらさりげない風に言う。相手を煽ろうとして、真摯に話に耳を傾けないのではない。蓮に悪気のわの字は無かった。
冬司は蓮がこういう性格をしているのを知っていた。いつもはなんてことない質素な会話が冬司の中で反響する。冬司は生まれて初めて本気で憤りというものを感じていた。息が苦しくて、顎が震えた。
『だって俺達友達だろ…?』
用意していた言葉はなんだっけか。
震える唇から出たその言葉は自信がなさげに宙に漂う。
『不安になるなよ。君は俺のことを分かってくれようとしているじゃないか』
まるで心を読んだかのように、優しく諭すような口調で冬司に話しかける。蓮は片付けの手をとめていた。
『そっか、俺まだ、分かってないんだ…』
はらりと耐えていたものが溢れ出た。急に体が冷たくなって、ストーブが恋しくなる。
『ごめんな』
立ち上がって、冬司の肩を抱いた。自分より頭一つ大きな男の子は、自己嫌悪しているのだろう。冬司には自信があったのだ。自分は誰よりも、誰かを知っている。認知していると。
彼は皆を知ることを嗜好とし、そして皆のことが同率に好きなのだ。無意識に人のために動くことをし、無意識に人の表情や感情を露わにさせた。それは見方を変えれば、冬司に敵がいないことを示す。ただ、まだ幼い冬司にとっては深い意味のないことでもある。
『なぁ、寂しいんだろう。冬司』
猫のように冬司の肩に顔を擦り寄せる蓮はやはりさりげなく言う。少し背伸びをして、子供をあやすように背中をぽんぽんと叩いてやる。ぽんぽんとあやされた経験が曖昧、というよりほとんど無い冬司にはその行為の意味は理解に及ばない。懐かしいと思える経験が無いのだ。
『勘違いは良くないぞ』
強がりを吐く口は、思いの外口調が強い。ムキになっていた。
『はっ、油断のならない男もこれじゃあ面目丸つぶれだ』
茶化すように一部から呼ばれている彼の呼称を口にする。冬司が鼻を鳴らした。蓮は馬鹿にした風でもない、綺麗だけど皮肉っぽいこの呼び名が好きなのだけれども、冬司は少なくとも嫌いなのだろう。小さく息を吐くのが聞こえる。
『五月蝿い。俺は認めないからな』
躍起になって否定しているのは蓮が友人を作ったことについてなのか。それとも気に喰わない呼称に対してなのか。
寄せていた肩から頬を離して冬司を見上げる。顔を歪めて涙を流している姿が滑稽でフと口結びを緩めた。自分より年上で、背の高い冬司の見たことのない姿だった。笑顔と無表情以外に冬司の感情的な顔を見たことが無かった蓮は、いつも冬司がやっていることをやり返してやったような気分でなんだか楽しいと思った。
『でも人の付き合いにもケチつけたのは事実だろ?』さり気ない言葉は耳を通って刃物へと変容する。思えば冬司は酷く蓮のことを心配していた。
おひさま園に来てから、性格が荒れていて口の悪かった蓮にはなかなか友達が出来なかった過去がある。於かれた家庭環境によりひねくれた蓮に、いきなり他人を気遣うことを求められても、それは逆にいびられているようなものだった。その蓮の手を自ら進み出て取ったのが冬司。だから蓮は冬司には素直に甘えて、親を知らないはずの冬司なのにまるでそのものに成りすました。誰も彼も好きでいたくて、お人好しな彼は唯一蓮が心を開けた人だったワケだ。だから俄かには信じられないし、どうしようもない不安も感じていた。
『別に…寂しいとかじゃなくて…』
『なんだよハッキリしろよ』
実際には寂しいという感情は無いことも無かった。ただ、それ以上に強く重い感情を持っている事も感じていた。真っ直ぐな蓮の目を見て、冬司は臆する。 
『…友達が増えることは良いこと、本人にとっても気持ち良いことだってわかっているよ。だって俺だって君に友達が増えたってことが嬉しいよ。でもね、それだけじゃないんだ』
はやる気持ちは混沌とした内面を覆す。それはわかっていたこととは言えども、自分でもどうしようもない複雑なものなのだ。
(俺だけが君の友達でありたいなんて、独占欲が沸き上がるんだ)

「…どうした、ブロウ?」
「ちょっと懐かしいことを思い出してた」
「そっか。君、なんだか寂しそうな顔してたぞ」
「バレンにはかなわないなー」


――――――――――
幼い頃バレンとバクレーが仲良くなって、それに嫉妬した友人ブロウのお話。ブロウとバレンは親友。バレンとバクレーは心の友、もといマブダチ。


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -