試合報告は望まれない内容となった。
フィフスセクターが管理の下に議決された試合進行は、磯崎の軽率な発言により狂いを見せる。万能坂中サッカー部は、その事態を引き起こしたのが己達のプレイや言動であることに気がつかない。あくまで、剣城京介の反逆は盲点といったところだ。
勝利を約束された試合に敗北した。さめざめしいムードに包まれるスタンディングメンバーから外れ、当校に所属するシードの面子は憂鬱を纏う。それは己に対する落胆と、曲がるべきカーブを曲がりきれなかったことによる絶望。二重の失態を起こして何が待ち受けているのかなど誰も知らない。
聖帝室にある巨大モニターから、試合の全貌は観られている。それでも試合報告は定期的にする必要性を伴う。ただ結果を宣えば報告は終了ではない。次に言い渡され、為すべく管理試合はまだあるのだ。その中でもホーリーロードが最重要であるだけで、仕事は継続される。シードが生成し、サッカーが管理され始めてから早二年。三年目にして既に反逆者が現れると誰が予想したか。
試合結果の報告にフィフスセクター本部へと赴いていた磯崎は、聖帝室の前で一息を吐く。幸いにも、今回の失敗を“良し”とされたのだ。理由はわからない。だが、失敗そのものがフィフスセクターに忠誠心を抱く磯崎としてはゆゆしきことである。故に、溜め息は自分のために零したものではない。彼が安堵しているのは、万能坂中に「“何”も下さない」という聖帝の言葉を聞いたためだ。それを信じるべくか悩む所ではあるのだが。守りたいものが増えてしまったなと磯崎は自嘲気味に笑う。
篠山と光良には階下での待機を言い渡していた。化身使いである彼らは、自身とは異なる憂患に恐怖しているだろう。その杞憂から早く解放させてやりたい。足は、階下へ降りるためエレベーターへと急ぐ。磯崎がたどり着く前に開いたエレベーターの扉の先に、見知った顔がいた。
「あ」
「お」
ヴァイオレットの変形ボブカット。磯崎は珍しいものを見る目で不意に声を出す。同じく、濃く目立つ色の髪をした隼総英聖は、意外そうな顔をして磯崎の姿に声を上げる。磯崎は少し頭を下げ、隼総は片手をあげる。互いに軽く会釈をした。
「負けちゃったねー」
開口一番がそれだ。フロアに出でた隼総の後方にあるエレベーターの扉が閉まる。
「そうねー」
抑揚のない声に、同じ性質の声で磯崎は返した。エレベーターの再稼動の音がする。やけに虚しい。
「………」
先人の跡を辿るとはこのことか。
先日のホーリーロードにて、隼総が派遣先として宛てられている天河原中は敗退に伏した。本格的に雷門の反逆が明るみに出たのは恐らく万能坂との一戦の際だ。天河原でのことは、言わば予兆だったと言える。
「じゃないだろ」
磯崎は下ろしていた手を爪が食い込む程握り締める。この先の未来を想像して、恐ろしい予感しかしないのだ。
「剣城の奴まで、話が違うじゃないか」
隼総が言う通り、剣城の暴挙は突飛過ぎる。なるべくしてなったものではない。原因となる種が転がっていても、磯崎はその存在に気がつかない。
隼総の目的は、そんな彼の戻って来た道にあるようだ。ゆっくりと歩を踏み出す。ローファーの踵がカッカと鳴いた。
「……」
万能坂中の初戦は、フィフスセクターの指示通りに勝利に修められた。次試合に当たる天河原中との試合方針は、その場では決定を下されず、待機を言い渡された。次に天河原の話を聞くこととなったのは、雷門に敗したという事実を知らされた時だ。無論、即座に決定された勝敗は、万能坂中が勝利を納めるとの指示である。
「磯崎、俺達はシードの意味があるのか?」
先日の天河原中との試合に於いて、雷門中の新入部員に唆された、主将神童の空回りに終わるかと思われた試合は思わぬ展開を見せた。厄介なことに、神童等の行動は、何の前触れもなく自陣のキーパーに影響を与えたのだ。自己完結と予測されるそれは、仮にも点を決め難くさせる。布陣も整っていないイレブンに負けたことを、隼総は納得できないでいた。
磯崎を見下ろす眸は、危惧の色を漂わす。色好い返答を求められているような空気は重い。互いに取っ掛かりが外れないというのに。磯崎は下を向いて、唇を舐める。
「もはや意味とは失われた。だがそれは剣城も同じこと」
事務的口調に一瞬苦味が走る。磯崎は苛立ち云々よりも、悔恨の方が強い。そして、自虐的な言葉の調子は、自信を苛ます種となる。
「……」
隼総然り、磯崎然り、御身に失意の念を抱き、自己嫌悪に陥った。役目も忘れて、外に飛び出したい衝動に駆られる。それをしないのは、逃避行は正解ではないと知っており、途中で仕事を放棄するような奴は最悪だと心得ているからだ。フィフスセクターの名の下に降りて初めて、我が身に対する自負は揺らぐ。何せよ、既に己惚れは砕かれている。
「嬉しいか?」
「いや?」
「楽しいか?」
「いや?」
「無様だと思うか?」
「それを言わせるなら俺達の方だ」
「本当、無様だね」
「お前もな」
「……」
同じ穴の狢は打ち拉がれた。
(何のために戦っていたんだっけ)


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