月山国光戦での勝利を祝福しようと天馬くん達三人に誘われた。順良な行いが報われたのだろう。口元が緩みそうになるのを抑えてその言葉に肯いた。密かに呈するのは、まだ彼らに身を合わすつもりはないからだ。こちらがこの時期に転校してきたことに対して追究も深くしてこない。楽な人材だということは確かだった。
それくらいの気楽な気持ちで訪れた天馬くんの家は驚くべきことにアパートの一室だった。少しだけ抱いた親近感は、良い味を出してきたアパートを見て更に増す。
「おかえり」
胸が早鐘を打った。喉がキュッと詰まる。
「秋姉!」
天馬くんがその人を呼ぶ声に救命され、姿勢を正してアパートの玄関口の扉を開けた女性の顔を見た。
「君が、狩屋マサキ君ね」

 大層、父のことを恨んだものだ。怨嗟に時間をかけても負の感情しか生まれないことに、尚更孤独を痛感した時のことがまざまざと蘇る。
そのくせ、涙も出てきやしない。感じる機能が失われたかよと空に向かって笑った。二酸化炭素に混ざって声は消える。

(あれは仕方のないことだって、頭では分かってんだけど…)
秋さんが祝賀パーティーのためにつくってくれたケーキを頬張る。馬鹿みたいに盛り上がっている天馬くんたちの声をBGMに、しっとりとしたケーキを一口大にして口へ運ぶ。平凡な味なのだけど、手が止まらなかった。
色で例えるなら向日葵の黄色。まるでそこだけ、時が止まっているようだった。天馬くんが(真面目なのか戯けているのかわからないけれど)阿房なことを言って、それを葵さんが否定する。信助くんが驚いた素振りを見せて、秋さんは彼らの話に楽しそうに耳を傾けている。
(なんか、懐かしい感じ)
もっとケーキが欲しくてフォークを噛んだ。

「あの、またここに来ても良いですか?」
「良いわよ。いつでも遊びにいらっしゃい、マサキ君」
天馬くんの家から帰る頃には夜の七時を回っていた。信助くんと葵さんは天馬くんと同様に、町内に住居を構えているだろうからまだしも、俺はここから多少遠い場所に住んでいる。多分、夕飯には間に合わない。施設長に叱られるだろうな。まだ少し青さの残る空に光が散らばる。距離の近い星同士を見つけて苛々した。
秋さんは、社交辞令宜しくな俺の言葉に直ぐに返答をくれる。俺のどこかが確実に痛んだ。柔らかな笑みを前に、素直に「はい」と言えた自分が気味悪い。
「ケーキ美味しかったです。ごちそうさまでした」
「だろ!秋姉のつくったものは何でも“したつづみ”を打つんだ!」
「天馬、それを言うなら“したづつみ”でしょ」
「あれ、そうだっけ?」
「馬鹿ねえ二人とも。両方違うわ。“したつつみ”を打つが正解よ」
「ふふふ、葵ちゃん残念。天馬と信助くん、正解よ」
「え、嘘!」
帰る時まで騒がしい奴らだ。自分の顔が綻んでいるのが分かった。こいつらの前で張りつめていたのが馬鹿馬鹿しい。
「けど、つくったと言えるようなものは生地くらいよ?そんなに美味しかったかしら」
耳に優しい声を出す秋さんの顔が、俺にはとても嬉しそうに見えた。
「美味しかったもんは美味しかったもんですよ」
「ふふ、そう言ってくれてありがとうマサキ君」
(つうか、普通だったからこそ美味かったんだよ)

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美味しそうにケーキを食べる姿を見て、彼のお母さんが良くお菓子やスイーツをつくってくれていたのだと私は思った。
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