「あれって喰えるのか」
「はぁ?」
そう口にした隼総の視線の先には、雀がチチチと囀り地を移動している様子が窺えた。彼の見るものを確認した西野空は間抜けな声を上げる。
部活動のない月曜日、西野空は隼総と共に昇降口を出ていた。偶然にも、その日西野空は一人での帰宅予定だったのだが、隼総がまだ校内にいることに気がつき、気まぐれで声をかければそういう流れになったのだ。普段、部活動のない日に隼総が出席していることは多くはない。フィフスセクターとしての仕事があるのか、ただ怠慢を過ごしているのかは不明。そして、西野空もその領域に足を踏み入れようとはしなかった。奇しくもその偶然は、偶さかな場面に遭遇することとなる。
「チョロチョロしてて、捕まえたくなる」
小首を傾げて雀らを見る隼総の左手五指が不自然に揺らめいた。
「何怖いこと言ってんの。食用じゃないだろうし、やめておけよ」
西野空は冗談を一蹴するように含み笑いを浮かべ、ワケがわからないとした様子で両腕を広げる。少し前を行く隼総の怪しげな動作に気がついていない。
雀が軽く跳ねるように移動を試みる。隼総は足を止めて言った。
「美味そうだ」
下ろしかけた両手を西野空は途中で止める。一匹の雀がどこかへ飛び立った。
「オイ」
「ん」
「笑えないんだけど」
眉尻を下げた顔は先程と比べ、隼総を馬鹿にした様子を消した。「美味そうだはないだろう」とでもいいたげに映る。呆観に近い色だ。
「ああ」
振り向き様に応える隼総の双眸は捕食者のそれ。残りの雀が飛び立った。西野空はしかめ面をつくる。
「今の隼総の目、鷹みたいだよ」
「うん」
応えはするものの、反応の薄い様子が空恐ろしい。薄ら笑いを浮かべた唇から僅かに覗く赤い舌が目に付く。寒気がした。
「ファルコはタカ科だから、間違えてはいないな」
「………」
返答次第では付き合いきれない。
同じ人間であるのだが、抽象的だとしても彼は体に化け物を飼っている。差異が生まれるのは必然的に避けられない。だが、これはどちらかと言えば差違だろう。彼自身がそういう思考なのである。化身を仕業の理由として逃げている。
不本意にも無言を突き返す西野空だが、実際に良い言葉は浮かばなかった。
「タカから見れば、十二分に獲物だ」
「………」
「俺から見れば、お前も獲物か…」
「は!?」
何か、上手く隼総をあしらえる言葉が思いつかないものかと、思惑していた西野空から悲鳴に近い声が出た。見れば、薄ら笑いを張り付けたままの隼総は、鋭い双眸を真っ直ぐ西野空にやる。標的を定めるようにこちらを捉えた黄色の眼球に構えずにはいられなかった。それに、雀はもういない。
「冗談だ」
言下の破顔は肌寒いだけで安堵感を西野空に生ませない。
「はははは…」
口結びから零れた空笑いは、消え入るような掠れた音を隼総に届かせた。

(コイツはその内誰かの肉を喰う)


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