「おっ、山菜じゃん」
「浜野くん」
軽快な声が私の名前を口にした。声のした方を振り向けば、よう、と浜野くんがスラックスのポケットに入れていた手を抜いて、片手を挙げていた。
「今から部活?」
小走りで私に追いつき、並列して聞いてくる。
「うん、掃除当番だったから。倉間くんと速水くんはどうしたの?」
「ん?ああ、俺も当番だったのよ」
あいつらは先に行ったわ。
取り留めもない話。世間話とは違う。
「あ、部活一緒に行っても良い?」
「うん」
私は猫背気味の彼のことを良く知らない。サッカー部のマネージャーとして、選手としての彼を知っているくらいの間柄だ。プライベートで話しかけられたのも、話すのも初めてのことで、なんとなく具合が悪い。
浜野くんは私が肯定の意を示したのを聞くと、前を向いてしまった。会話が止まる。よくわからない人だ。普段はあんなに単純明快で溌剌としているのに、今は何も喋らない。
「浜野くん」
「ん?なあに」
飄飄とした態度は終始変わらない。どんぐりのように大きな目の端に、顔を曇らせた私は見えていないのだろう。
「気まずさとか、ないの?」
「何だそりゃ」
へにゃ、と困ったように顔を歪めた。生返事をしていた彼の細い首がこちらを向く。
「いつもお喋りなのに」
むうと膨れっ面をして浜野くんを見たら、何かごにょごにょと言い淀んでいる。その様子から察するに、私の意思は伝わったらしい。
「いや、何て言うのかなこういうの」
自分より少し背の高い人をじっと見てやれば、これまたへにゃりと照れくさそうに笑った。
「女の子って、どんな話が好きなのかわかんなくて、」
へへと、首を掻いている。
締まりのない顔を見て、そんなことに気を遣わなくて良いのにと思った。男の子ってわからない。その点、シンさまにそういうことはない。やっぱり男の子ってわからない。
「気にしなくて良いのに」
「ちゅーかさ」
考えていたことをそのまま口に出せば、浜野くんに流された。急な転回に、身勝手な人だと私は少し息を吐く。
「山菜って、神童のこと、好きでしょ」
階段の一段目を踏むはずだった私の足は、下りる前に止まった。女の子のことわかってない。本当に、知らないんだこの人は。
私が立ち尽くしていることに不思議がる節もない。それ所か、呆然としている私に笑いかけて言うのだ。
「そういうの、良いと思う」
「え?」
何の話をしているのだろう。怪訝な顔をして、階段の中腹を下りる浜野くんを窺うと目が合った。得意そうな顔をされる。
「神童を好きな山菜は可愛いと思うよ」
私は硬直する。頭と体、そのどっちもがだ。飄々としていた。その言葉には飾り気もない。あまりにもストレートで、胸にストンと落ちた。
私は暫く引き摺りそう。
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