人選:星降・安藤・樫尾・比嘉志・西野空。
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(星降)
監督が俺のことをじっと見上げてきた。気恥ずかしくなり、直らなかった寝癖を指先でいじくる。特に理由はないが、何だかこれが原因の様な気がしたのだ。
「ねえ、星降くん」
すっと熔ける様な柔らかい声が俺を呼ぶ。監督の目が俺を見ているままだから、馬鹿に緊張した。我ながら自意識過剰にも程がある。
「右耳のそれ」
彼女の口が開く。ネイルハードナーの塗られた爪は耳に触れる。鳩尾に何かが溜まってぐるぐると回った。ソフトな感触はヘリックスに付けたカフス越しに耳朶を切なく伝わる。それが案の定過剰な思い込みであったことに気が付いて、次第に汗顔に至る。
「あ、あ、外します」
慌ててカフスを外しにかかるが、自分が考えている以上に思い込みであったという事実に対して狼狽気味なのか、上手く外れない。情けなくてここから逃げたいと思う俺もまた情けない。冷却された鉛に彼女が触れた。俺の両手に触れて外すことを制する。
「良く似合っているよね」
困ったな。目を伏せても赤い顔は隠せないというのに。

(安藤)
「安藤くん、もっと肉付き良くなりなさいよ」
「は、はい?」
監督が俺に詰め寄り言った。いつになく切羽詰まった様子に思わず後退りをする。良く見たところ、背伸びをしている。アンタ、ヒールの高い靴履いてるんだから、爪先立ちしたところであんまり意味ないだろ。
「そんなに背が高いのに、私と体重が同じだなんて卑怯じゃない!」
「え、えぇー…」
それはただの僻みだ。
女性は体重を非常に気にする生き物だと知っている。身体測定如きでぎゃあぎゃあ高い声で嫌悪感を口に出して喚く姿を思い出してげんなりした。監督もその類か。その割に俺と同じ体重だと自己表明をしてしまって良いはずがない。じゃあ何だ?
「つーか、何で俺の体重知ってるんですか…」
「入部の時に書いたの忘れた?」
「あー…あー?」
「二年生になってから更新したよ。書いたでしょ?」
今一記憶が判然としない。多分、大した興味がないからだ。選手の情報は監督に握られている。確信犯か。この人には下手打てやしねえ。
「…キャプテンとか、どうなんですか」
「私達と変わらないけど、喜多くんは背が小さいから良いの」
キャプテンには悪いが、監督の笑顔があまりにも清々しいものだから思わず吹き出した。
「うわっ、それキャプテンが聞いたら怒りますよ」
「じゃあ、二人だけの秘密ね」
そう言うと監督は、人差し指を口元にやってウインクする。
「はいはい、了解しましたよっと」
俺は不覚にも、少しだけ息が詰まった。

(樫尾)
誰かに背中を軽く叩かれた。確立された音の世界から現実に引き戻される。
オープンエアタイプのヘッドホンを外して後ろを振り向くと、人の肩に手を置いた監督が俺のことを覗きこんでいた。虚を突かれびくりとする。
「何を聴いているの?」
にこやかに問いかけてくる監督に俺は答える。「惑星の火星」「それよりも監督。顔が近いです」
「ごめんごめん」
お茶目に笑うと俺の隣に腰掛けた。
「火星かあ。私も好きだな」
「監督は木星の方が好きそうなイメージありましたよ」
監督がふふと笑う。
「聴いても良い?」
「どうぞ」
小首を傾げて伺ってくる彼女に、激しく音の漏れるヘッドホンを差し出した。
「一緒に聴こうよ」
「え?」
監督はヘッドホンを逆さまに持ち、片方のハウジングを俺の耳に近づけると、肩が触れるくらいに近づいた。一瞬、甘い香りがして硬直する。
チラと隣に目を配る。目を瞑ってヘッドホンから洩れる音に聴き惚れる顔は、いつもの怖い監督の姿を連想できない。穏やかで可愛らしかった。

(比嘉志)
監督は絶対に俺を馬鹿にしている。子ども扱いも良い所子ども扱いだ。皆より少し背が低いだけで、声変わりも終えているのにだ。もう少し歳相応の対応を考えて欲しい。
「モヒカンふわふわだねえ」
本人にそう伝えてみてもこの始末。俺の胸中など知る由もないのだろう。監督の手櫛で梳かされたモヒカンは、すっかりしょげてしまっていた。それでも尚、人の髪を弄り倒している監督に「そんなに触らないで下さい」と訴えれば、頭髪をクシャクシャと犬の様に撫で回された。
一体、この人は俺を何だと思っているのだ。

(西野空)
「西野空くんは監督の私が嫌いなのかな」
先程まで如何にしてレフェリーにファウルを取られないように、上手くラフプレイをラフプレイに見せない様にするかの話をしていたというのに、どうしたと言うのだ。唐突である。申し訳なさそうに唇をへの字にして、眉尻も下がっている。いつものつくった様な微笑みをどこに引っ込めた。
「ババアって」
「…あちゃー」
体が熱を発火させたかと思うと、急速に冷めていくのがわかる。流石にそれを言われては僕でも辟易する。けれども発言をした記憶は胡乱としていた。もしそれが事実であったと仮定した上で、僕は後難を恐れて監督に謝罪をする。
「すみません」
そう言うと、僕は頭を下げる。
疑惑のあった発言に心当たりが生まれていた。僕としては言ったことよりも聞かれたことに問題がある。故に、この対応に至れるのは是非に及ばない。
「部室の前を通ったら聞こえてきて」
「本当にすみません…」
らしくもないが、謙虚に出ざるを得まい。ところがここで疑問が浮かぶ。星降に聞かれたら堪ったものではないので、部室で監督をどうこう言うことはほとんどないのだ。
「鎌を掛けてみるものね」
「え、」
監督の手が僕の側頭部を撫でた。にんまりと笑った彼女に、えも言われぬ恐怖を抱く。頭に腕が回される。腕と腕が交差した。
(一杯…食わされた!)


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