・開会式

秋晴れの快晴。真っ青な空には万国旗がはためく。強烈な日差しの中、万能坂中学校に置ける体育祭は開催された。
普通、中等学校で催される体育祭は九月中旬前後のものが多いが、万能坂中学校は異なる。夏期長期休暇を終えて、三週間後が当校の体育祭実行時期だ。三週間後に控えたのには理由がある。夏期長期休暇明けは生徒の大半が長期休暇中の怠けが抜けていない。そのため、十分に身体を慣れさせ、万全な体勢で体育祭に臨めるように施行された次第だ。試験的に行われて後、その時期に体育祭が来るのは当校としては必然となる。
うっすらと残る残暑より、主張の強い太陽光が秋を語る。熱波がなくとも暑いのには変わらない。嘆かわしい事実を胸に抱え、ポロシャツの襟を摘みパタパタと胴に風を送る光良は、開会式に気だるいながらも耳を貸す。パタリと瑣末な音が光良の左耳に届いた。耳を済ませばどこからでも聴こえる。幾人か生徒が救護テントに運ばれて様子に思考が少し固まる。ぼうと、肩を担がれる同級生の背中を見ていたところ、割と近くで同じ音がした。

「大丈夫か?」
磯崎は救護テント内に敷かれたブルーシートに横たわる。顔の上半分に濡れタオルを乗せ、脱力していた。健康的な肌は赤く火照る様子を視力に伝えてくる。
開会式中に熱中症を起こす者は毎年絶えない。そのほとんどは極めて軽いもので、出場する競技に穴が生まれるという支障は少ない。勿論、出場を辞退する者もいるのだが。
磯崎は軽い熱中症を引き起こした生徒の一人だ。光良が近くに聴いた誰かの倒れる音は彼だった。表情を曇らせた篠山が磯崎を心配して声をかけると「少し寝ていれば治る」なぞと強がる。篠山はもちろん、光良も察していた。磯崎は二人に比較して体力が芳しくない。それは少なくとも倒れた原因に一因している。
(笑ってやろうと思ってたのに、意外に酷いようじゃん?)
光良は篠山の側で、磯崎を見下ろす。眉間に寄せた皺は、彼は彼なりに磯崎を心配でいることが伺える。
「情けないな」
だが、光良の口から吐かれた言葉は気遣いとは無縁でひねくれたもの。自分の発言に実に微妙な顔をしていた。
「オイ、光良…」
不器用なのを知っているとは言え、一応光良の物言いに叱咤しようと篠山が口を開くが、濡れタオルを手にした磯崎がそれを制した。瞼がゆっくりと開く。
「そんな口叩く割りに、来てくれたんだな」
熱にやられてやや赤い顔は、ニヤリと口端に笑い皺を寄せ笑ってみせる。光良が目を見開き、顔を強ばらさせた。それは恥ずかしさを耐える表情だ。食いしばった歯と歯を離し、視線を外した光良は、らしくもなく不機嫌そうにローな音を出す。
「…なに、勘違いしてるんだよ。あんたが欠けたら色々困るだけ」
完全に狼狽えていた。してやったりと言った磯崎の方が一枚上手だったワケだ。ブルーシートに濡れタオルを持った右手を投げ出す。
「心配させてすまない。ありがとう」
掠れた声で謝罪と感謝の両者を口にする磯崎は微笑みを浮かべた。その磯崎の様子を見た篠山は、光良はどのような顔をして聞いているのかとそちらへ顔を向ける。視線は外れたままだが、光良の顔は隠しきれない内情を晒していた。つり上がる口角が嬉喜とした姿を伝えてくる。見開いた眼に、ニヤついた口元は、下品で醜悪でみっともない。篠山の利き手が手刀を作った。
「悪い気はしねーな!」
「もっと素直になりやがれ!」
漫才宜しく、光良の後頭部に強烈な一撃が見舞われた。


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