アフロディは自分の言語レベルを初級程度は会話をできるまでに仕立てあげ、日本を発った。気休めにしかならないであろうそれに不安を抱いているが故に、手元には韓国語辞典を置く。しかし、機内でじっくり読む時間もさほど与えられずに、約二時間というあまりにも短いフライトは終わり、強張った状態のそのままで現地に降り立つこととなった。
「オレガンマニムニダ」
「わっ!?」
日本国内にて購入した地図を険しい顔で覗くアフロディに、一人の少年が待ちかまえていた。突然の声に肩が弾む。地図から顔をあげると「コンニチハ」拙い日本語で笑いかけてきた。
「こ、こんにちは」
おそらくは「ファイヤードラゴン」の選手だろう。しかし、まさかチームの方から直接出迎えに来られるとは思いもよらない。そもそもそのようなことを伝達されておらず、もし端からそのことを認知していれば地図の購入はなかったのだ。
下手な日本語とネイティヴな韓国語で先導してくれる少年は、自身をチェ・チャンスウと名乗る。応答する形でアフロディも名乗りを返せば、チャンスウは微笑みを浮かべた。
通りに出るとチャンスウに勧められ、屋台に並ぶ商品を二人で歩きながら頬張る。拙い韓国とネイティヴな日本語を使い、たどたどしくはあるが会話らしい会話を試みるとこれが案外伝わるものだ。連れられ歩くがままにチーム「ファイヤードラゴン」のメンバーが宿とする宿舎に到着する。
宿舎に着くや否や、あちらの語源での質問攻めにあった。まるで聞き取れもしない言語の羅列にたじろぐアフロディを見かねたチャンスウは、ひとまず彼が居座る予定となっている室内を案内する。
疲れていたのか背面からベットにダイブする。土地が変わると最初のうちとは言え、身体の状態が悪くなるというものだ。アフロディはチャンスウが提案に際し、韓国語で「コマウォッスムニダ」礼を述べる。大したことではないと手振りで伝えているようだ。
間が生まれた。
「実は以前、私は君とお会いしたことがあるのですよ」
そして、背を向けていた部屋の扉の方から流暢な日本語が聞こえてきた。
「っ」
頭を揺さぶられるような衝撃を受け、アフロディは驚起する。驚愕の顔色で、穴が開くほどなんて的確な表現を良くも考えてくれた人がいたものだと思い至るくらいに見つめてくる彼に苦笑いをしつつ、次の言葉を口にするチャンスウ。
「まだ私達が年端もいかない小さな小さな子供だった頃です。それは、今とは顔も性格も違うのです。今のあなたがそうであるように、私にも今のあなたと昔のあなたが同じものには見えない。何故なら昔のあなたはもっと自信が無さそうにしていたから。親の側で気恥ずかしそうにしていたあなたは、一度私達があなた達の方を見やると目を伏せて背中の方へ隠れてしまう人でした。一日中親の服の裾を掴んで、しかし興味深そうに私達を見ていたのです。…まあ、あなたが自らこちらに話しかけることはありませんでしたけど」
「!チェ、君がどうしてそんなことを知っているんだ」
口から紡がれたのは上手い日本語だけではなく、アフロディの幼少期そのものだった。
「以前のあなたはそのようなこともできない方と存じ上げていたが、十年とは全く長いものだ」
亜風炉の内情を知ってか知らぬかチェはクスリと笑い、軽く息を吐く。せせら笑うような余裕を見せるチャンスウを怪訝に思いながらも、亜風炉の固い表情は緩まない。培ってきた抑圧は異常無く動作する。
「動揺が態に表れなくなりましたね、照くん」
(照、くん…!?)
カッと顔が熱くなるアフロディ。培ってきたものとはなんとちっぽけか。
「そのあだ名は、幼い頃のよしみかもしれないが、やめてくれ」
「ははは、思い出しになられましたか」
チャンスウの顔を見やるアフロディの目は懐かしむそれだ。
「うん。けれどね」
「?」
「君があのチャンスウだなんて、僕には信じられないのだけれど」
「私があなたに感じたものと同様ですか」
「さて、どうかな」
壁にもたれ掛かって話をする態勢に入るチャンスウ。旧友に再開した癒やしを含んませた声音は、耳に安らぎをもたらす。
「あの頃からあったセンスが現存しているのは噂に名高い君のことだから知っていたけれど、やんちゃだった君がこんなに落ち着いた人間になっているなぞとは思いもしなかったよ」
「何より私が敬語で会話をすることを疑問に思っている、とか?」
「…うん、そうだよ。それで構わないよ」
的を射た発言に二人共に笑う。

アウトラインに詰め込んだ



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