海面を覆う橙に目を細めた頃、懐かしい声が耳に馴染んだ。 「っ…」 その声の主の名前を呼ぼうとするけれども、吐息だけが口から吐き出された。不動は白昼からずっといた。おおかた、喉が乾燥してしまったのだろう。 「めざ」 唾液を飲み込んで口を動かしてみれば、喉が荒れてしまったようなざらついた声が出た。腹立たしい気持ちになって、己の乾いた唇を舐めた。 目座は不動の後方に一定の距離をとっていて、息遣いは聞こえない。不動は目座の方に振り返らず、海風を浴びた柔らかそうな変形モヒカンはうなだれている。己の毛髪に気持ち悪さを覚えているが、彼はその場から動きたくないでいる。 「久しぶり」 暫くして、こちらが特に何も返さないからか、沈黙のまま何もないことに耐えかねたのか、背後数メートルから言葉を投げ掛けられた。短く「ああ」と返した不動はなんだか目座が笑ったような気がしたので、足の向きを変え、今度振り返ろうとしたが、何だか今日はずいぶんと良く声が聞こえるなと思い、結果振り返るのを止めた。 「なぁ、今素顔?」 振り返る途中の大勢のまま、不動は問う。すると、身じろぎをするような気配がして、苦笑混じりに「うん」と聞こえた。 「そ」 さして興味も無さそうな返事をするのは、時間の変化を感じたからだ。それにより、不動は再び海を臨んだ。現実の時間の流れを知る。目を逸らしていた不動は気づかされて、力のない笑顔をつくった。水方の澱みも変わらないというのに、学園の開発もこれ以上の発展が見られないというのに、そのぽっかりと穴が開いたような空間に不動はいる。彼の時間は止まっていたのだ。 追懐スーサイド |