鎌を掛けてみたら案の定俺だった。(霧野と狩屋/小説)

二十二話。

「雷門に何しに来た!お前は…、」
二人の方向へトノサマバッタが飛来する。それのバタバタと騒々しい羽音はおおよそ耳障り。少なくはない悲鳴のバッシングを受けながら、奴は今正に狩屋目掛けて体当たりを試みた。
バシン。小気味良い音がした。狩屋が横目で石畳に叩きつけられたトノサマバッタを一瞥する。その手の甲は少し赤くなっており、彼が思い切ら叩き落としたのだということがわかり得る。スクリームは掻き消えた。
「で、何の話でしたっけ。霧野先輩」
横に流した目を霧野に戻し、ねっとりとした声を出す。霧野は少し困惑した顔で小さく呟く。
「お前、もしかして…」
「はい?」
狩屋の応答に対して、目を伏せた。間を置いて口にした言葉は、先程までの討論会の内容を打ち消す程に関係性のないもの。
「トランクス派か?」
「はあ?」
惚けられた。そう感じてもおかしくはない。まるで繋がりを見いだせない問いだ。
「何言い出すんですか急に。そりゃあトランクス派ですけど、ブリーフだとでも思ったか?」
「いや、流石にそれは考えないけど…」
狩屋の口癖が悪くなったことにも気を止めない(もとより言葉の調子は俗悪臭を漂わせる節があったのだが)。惚けているのか、果たして霧野は狩屋をぼんやりとした表情で凝視する。
「…何だよ」
狩屋は何処とない気まずさに肩を竦めた。尚も霧野は凝視してくる。かと思えば指を自身の顎にかけ、眼球だけ少し上を向かせる。何かを考えていることは明白だ。狩屋は不審そうに顔を曇らせた。
(つうか、さっきまで俺のこと怒ってたじゃねえか)
「お前、柄物を良く着てたりする?」
「お」
(また質問だ)
狩屋はらしくもなくに口を開け、小さな感情を漏らす。気になる所はあったが、特に煙たがる素振りも見せず、良い子宜しくとは言えないものの、言葉を投げ返した。
「チェック柄、かな?ギンガムチェック。つうか、何でこんなこと聞く?」
腕を曲げて、不思議で仕方がないと言った風に手のひらを見せた。相も変わらず顔は戸惑いを隠せない。そんな狩屋の表情には目もくれず、霧野は顎にかけていた指先を外す。
「チェック…か」
(聞いちゃいねえ)
霧野の呟きに瞠目通り越して諦観する。腕を下ろした。
そこから怒涛の質疑応答が展開されることになろうとは、狩屋自身思ってもみなかっただろう。
「色は何色が好き?」
「青」
「得意教科は?」
「数学」
「美術は?」
「嫌い」
「サッカーは?」
「好き」
(何だこの質問攻め)
そして、問われる内容は嫌疑に留まらず、日常動作にまで発展する。
「…お前実は目、少し悪いだろ」
「は!?何でお前が知って…!」
狩屋の声がひっくり返った。驚愕に顔を歪ませ、伏し目になって自分を見下ろす霧野を見返す。絶え間なく、その口唇は形を変える。
「玉子に塩かけて喰うだろ」
「霧野、先輩…?」
「美術、絶対2取るぞ」
「何だよそれ!?」
「図画工作の工作は得意だったろ」
「…!?」
「時間見つけてはプラモデル作りしているだろ」
(何なんだよ!何でそんなことまで知ってんだよ!!)
狩屋の顔色は赤へ青へと不規則に変化する。皺が引き伸ばされたり、寄ったり忙しそうだ。口はしかめられているのに、目は見開かれている。その感情の高ぶりは、本人が自覚のないまま体に熱を宿させる。
「エアスプレー派だろ」
「オ、オイ霧野」
「改造好き」
「霧野!!」
思わず知らず、狩屋は霧野の腕を掴む。
「あのさ、もしかしてなんだけど俺とお前って」
狩屋に見上げられた霧野は、苦い顔をして言葉を紡いだ。狩屋の中に生まれた一つの可能性がその意見を拒絶した。
「やめろ!気がつかさせるな!!」
狩屋は反射的に目を瞑り、耳を塞ぐ。喉から絞り出された金切り声にも聞こえる叫弾は、確信を得た霧野の前では無効。実に薄い、防壁にしか至らない。
「俺だって気がつきたくなかったよ!」
望んだワケでもないのに、叫呼は木霊する。耳を塞いでいる狩屋の手首を掴み、強引に離させた。山吹色の瞳は瞬き、短く整えられた眉は悲観的に下を向く。眼球の表面に涙の膜が張った。
「俺と、お前はー」
「聞きたくない!」
「似てるんだよおおおおおお!!」
「やめてくれええええ!!」



「校門入って直ぐの所であの二人、何をしているんだろう」
「仲良くなったみたいだね、霧野先輩と狩屋くん!」
「えっ、う、うん」
(違うと思うんだけどなあ)



「だが、お前は年下だ。よって俺の真似はやめろ!」
「真似事をしているワケねえだろ!お前こそやめろ!」
「ふふふ、年長者の特権と言うものがあってだな」
「黙れ!一歳しか違わないくせに黙れ!」
「その考えもやめろ!お前は一年の頃の俺か」
「最悪っ、最悪だ!」
「俺が言いたいよソレ!」
両者、頭を抱え、わあわあってなって叫ぶ声をその朝に聞いた者は、優に当校に於ける生徒の半数近くに及んだ。

――――――――――
いや、この二人実はソックリなんじゃねってなって。


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -