しっとりと濡れた黒髪。
白い柔肌はきっと甘いのだろう。
3週間振りの妻の背を見つめ、考えて、やめた。
彼女は死んだ。しかし、今ここにいる。
どういうことなのかなど考えても詮無きことである。
「どうしたんです、そんなに見つめて」
梳かしていた櫛を置き、鏡台越しに彼女は我を見た。
「いや、なんでもない」
「……あなた、おかしいですよ」
大丈夫です?と怪訝そうに言う彼女は、生前と何ら変わりない。
深く息を吐き、我は彼女を呼んだ。
そろそろとベッド際まで来た彼女は、ゆっくりとした動作で隣に座った。
「ほら、おかしい」
「おかしいことだってあるだろう」
生きていればな。そう言えば、ユリは笑った。
我が本当に何を言っているのかわからないような素振りで。
ふわり、蜂蜜のような甘い香りがして、気づけば目の前には彼女の顔があった。
「珍しいですね」
「そうだな、今日は1段と貴様が美しく見える」
もう一度、そっと触れる。食むようにその甘さと柔らかさを確かめてみれば、暖かい息づかいが感じられた。
「あたたかいな」
「??何のことです?」
白い顔はほんのりと赤みがさして、自分にはこれが亡者であるようには見えない。
そっと抱き寄せてみたが、暖かく重さがある。
しかし、皮膚の下を脈打つ赤の息づかいは感じられなかった。
「え、ちょっと……あなた、泣いてるんですか?」
「……泣いてなどいない」
やや上擦った彼女の声がやけに甘く響いて、耳に淡い痺れが走る。






「おはようございます、ユリさん」
トマトとナスを具にしたオムレツがひとつ出来たところで、義妹が起きてきた。
彼女はきっちりと制服に身を包んでいるが、髪は起きてからそのままのようである。
後で結んであげようと、朝の挨拶を返す。
「マリーちゃん、朝は紅茶?オレンジジュース?それともコーヒーかしら」
「ミルクはあります?」
「えぇ、あ……さっき使ってしまったのだった」
ポタージュスープとオムレツに使ってしまったことを思い出すと、マリーはならいいのと言ってくれた。
「ごめんね」
「しょうがないわ。それに、朝ごはんもとっても美味しそうだから文句なんてないです」
「そう……なら良かった」
ぽんぽん、と順調に三つ目のオムレツも作り終えるとサラダとスープもテーブルに並べる。マリーも食器を並べるのを手伝ってくれた。
何故だか、とても懐かしい気がした。
「おはよう、マリー」
「お兄さま、おはようございます」
マリーの声で、彼が起きてきたことを知る。
日に当てられて輝く柔らかな白金の髪は、いつもと違っておろされていて寝癖のせいか所々はねている。
普段しっかりした彼に不釣り合いなその姿に図らず咲みがこぼれた。
「寝癖、いつもながら酷いですね」
「それにお兄さまは寝起きも悪いですものね」
「……そうか、」
ヨーグルトとコーヒー、義妹にはオレンジジュースを出して席につく。
淹れたてのコーヒーに口をつけ、穏やかな顔をした彼と目が合った。

「ユリ、いつもありがとう」






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