現し身(fgo)
ホム新茶というかホムワトというかモラモリというか欲張ったやつです。


私の目の前で矍鑠と銃口を構える老紳士。巨人の醜悪な吐息によって天鵞絨のマントが足元で頼りなくはためいていたが、掲げる右腕はおぞましい大気の震えなどものともしない。真っ直ぐと伸び、震え一つ見せなかった。
三連の炸裂音。
無論、弾丸は10ヤード先の異形に迷う事なく吸い込まれる。ド、ド、ド。岩にドリルを打ち込んだような鈍く篭った音の後、怪物はドサリと倒れ霧散した。
かくて、肉体的労働の末の勝利である。私達は速やかに、本部へ転送された。

「なあ、大佐。──失礼、元大佐だったかな」
「失礼であることに自覚的で結構、ホームズ。私はプロフェッサーだ」
カルデアの廊下にて私は一つの結論をぶつけるべく前を歩く教授に声を掛けた。どうやら戦闘中から私の視線に気づいていたらしい。教授は帰還のレイシフト後から大変に早足だったが、オープンセサミ──この通り。私のたった一声で、彼は忌々しそうに歩みを止めた。律儀なることは美徳である。
──では、教授殿。
「例えばだが、生涯厨房に入ったこともなく、また調理というものの素養もなく、その上生来手先が不器用な男がいたとしよう。そんな男が、だ。いきなり包丁を渡され、キッチンに放り込まれる。果たして彼は華麗な手捌きを披露し、衆人を感嘆させるような料理を作ることができるだろうか? 無論、凄惨たる有様になるだろうことは請け合いだとも。火を見るよりも、明らかだ」
半身を翻して私を見ていた教授の表情は私の話を聞いている間にみるみると不穏なものへ変わっていった。今にも舌打ちをしそうだ。それをしないのはあるいは彼の矜持かもしれない。彼はマスターがいない時、酷く昔とよく似た態度をとる。芳しき悪の香りが鼻をつく。
「……探偵というものは、口ばかり回って肝心なことを何一つ言わない。そして私は不器用などではないとも。無礼な男め」
「真実はいつでも変わりないが、それを他人に受け入れさせるためには少なからず骨を折る必要があるのだとも。よく知っているだろう、教授殿。──とにかく、生前教壇に立ち生徒らに教鞭を振るっていた君が、拳銃のグリップなんぞ握ったことなどないあなたが、どうして銃火器なんてものを使えるか。それは君に……」
「手足を」
教授は不意に手をかざした。私の目の前で掌をひらひらと翻してみせる。それはやはり枯れた老人の手でしかない。
エーテルの塊となった我々の身体は、日々の生活によって変化を来すことはない。筋量は生前の身体によって象られ、力は魔力によって生み出される。いくら鍛錬しようとも、それは魔力の精度や瞬発力、あるいは英霊の精神力を高める訓練にしかならないだろう(少なくとも。多くの場合は)
詰まる所。つまりは。
「私の手足を、今も私が使っている。それがどうしたというのかね。“たった一人”のホームズ君」
私の口上を止めさせた時とは打って変わって、モリアーティはゆっくりと腕を下ろした。綿のシャツがそれに伴いスルスルと心地の良い音を立てる。いつか記憶が脳裏を巡った。厚手の外套……軍用のコートに老いぼれた身体を包んだ狙撃手。彼は金蔓を失った腹癒せにやって来たのだったか、あるいは仇討ちの為だったか。
「得たのは手足だろう、モリアーティ。友人じゃない」
「強がりもやっかみも止したまえ。探偵君、格納庫が貴殿を待っているぞ」
今度こそモリアーティは踵を返した。小気味の良い革靴の音。泥や苔の生す沼地を駆けづり回ったとは到底思えない。今ここには生きた人間などいないのだ。
どこまでも続く青白い壁と床の奥にデッドマンは歩み失せていった。
マスターならば、矍鑠として歩く背中に古びた軍服を重ね見ただろうか?

私も足を踏み出した。格納庫へ向かおう。我が仮宿。現し身の根城へ。
小気味の良いブーツの足音が一足分、床を叩きだした。


了。


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