獣腹の子(おそ松さん)
パロディ!キャッキャッ


 一

 カラマツが自分に兄弟がいると知ったのはつい最近のことだった。知ったというより気付いたといった方が良い。知るだけならば、カラマツは物心がついて、育て親の雇い主の容赦ない叱責と愚痴がわかるようになった時から知っていたからだ。
「お前はねえ、カラマツ、同じ顔が他に五つもあるんだよ。ああ、損した。しくじった。あン時、無理にでも六人まとめて買っときゃ良かったンだ。そうすりゃあ、お前、カラマツ。愚図のお前を働かせるよりよっぽど見世物で見物料を取れただろうに。もったいない、もったいないことをした」
 カラマツが何かとしくじりをするたびに、さんざん棒で、足で打擲され、打ち手が疲れた頃、そう罵られるのであった。
 カラマツはそれを土間の冷たい土の上で聞く。そもそも畳もろくにない、屋根と壁があるだけの小屋だ。カラマツが土間から上がることはなかった。寝床は牛と同じ場所だ。
 冷たい土の上で女将のべちゃべちゃとした罵倒を浴びながら、カラマツは、五つも同じ顔があるのかと、そこにばかり驚いていた。どういうことだろう。お面でも付けているのか。でもそれでは同じ「顔」とは言うまい。
 そもそも、カラマツはろくに自分の顔を見たことがない。鏡や硝子なんて上等なものは見たことがなかったし、近くの川は、大抵泥や屎尿に汚れていたから水面に映る自分も見たことはない。
 ペタペタと己の顔を触りながら、カラマツは思いを馳せる。もしも、女将と同じ顔が他に五つもあったなら、カラマツは今の五倍、殴られ、蹴られることになるのだろうか。そして、増えた五人分の女将さんの食い扶持をカラマツが働いて見繕わねばならないのか。
 いやだな。
 しかし、五つも同じ顔があるのはカラマツだ。女将さんではない。となれば、あるいは、カラマツのぶたれる分は六分の一になるのかもしれない。それはいいことだ。ただ、食い分が六分の一になるならば、今のままがいいかもしれない。隣に眠る牛の暖かい背を撫でながら、カラマツは裏の川のように濁った、泥のように眠りへ落ちるのであった。



 二

 女将が死んだ。
 暑い夏の日だった。村中総出で、実りの少ない田んぼの世話をしているところで、女将は卒中でバ倒れたのだった。
 ボチャンと鈍い音を立てた女将に村人は皆泥で真っ黒の顔を上げた。いつまで経っても顔から突っ込んで身を起こさない女将に、誰もが死を悟った。医者もいないこの村ならば、倒れた時点で遅かれ早かれ死ぬことは決まっている。
 いち早く動かねばならなかったのはカラマツだった。はやく「あれ」を退けねば、田んぼの稲が傷んでしまう。ろくなものを食べない癖に背丈だけはある女将のゴボウのような体を泥中から引っ張り出す。隣で田を耕していた男と一緒になんとか畦道まで上げた。
 しかしなんとか担ぎ出したとはいえ、運ぶ先の医者は山を二つ越えた先だ。そして、医術の心得がある人間もいるはずもなかった。カラマツは女将の体を背負って屋根と壁しかない家へ運び、半ば腐った床へ横たえさせると、また田んぼへ戻った。幾らでも産まれてくる人間より、育たぬ稲を育てる方がよっぽど大切だとは女将がよくカラマツに言って聞かせてきた言葉だ。その通りなのだ。カラマツはまた、焼くような日の下へ戻った。




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