まただよ〜(おそ松さん)
虫です。ちゅーい


 親が遺した家は広いが、使ってる部屋はほんの数室だけだ。台所、居間、寝室、そしてこの温室である。
 温室と言ってもよくあるガラス張りのあの温室ではない。まず、庭ではなく屋内にある。家の最奥のこの部屋に温度調節のできるケースを持ち込んで仕上げた、植物ではない、動物のための「温室」だった。檻だ。言わば。

 私がこの檻に閉じ込めるのは、カラマツという蛾だ。背中に白く髑髏の模様が浮かぶ、暖かい場所に棲息する蛾である。
 我が国より緯度を数十度下ったその場所で、カラマツは生涯日の光を浴びて過ごす。蛾だというのに蝶のように昼間ふよふよと舞うのだそうだ。変わり種である。遺伝子にそう組み込まれているのだろうか、そのせいか、カラマツはとても健康的な色をしている。そうしてみると、太陽もろくに拝めない国に生まれ育った私としては、カラマツは一種の憧憬の象徴といって過言ではない。
 「温室」は壁一面に虫籠を取り付けている。虫籠は温度を保つだけではなく、太陽代わりの紫外線電灯がついており、ひとつひとつが私の背丈と同じほどある。なので、部屋は中央に人一人分の通り道があるだけ。虫籠の発する熱で、部屋は南国と言って差し支えない。虫籠はカラマツを彼の広々とした生まれ故郷とは似ても似つかないだろうが、今やこれは彼にとっての生命線なのだ。(事実、カラマツは私が掃除のために暖房機の温度を下げれば、寒そうに身を震わせるのだ)部屋は、全て、カラマツのためにあり、カラマツもまた部屋に生かされているのであった。
 カラマツは多くの虫よろしくか弱い。だがきちんと面倒を見てやれば、それだけカラマツは、虫籠の中をふよふよと飛んだ。ひとつひとつ青白く光る虫籠の中を無数にふよふよと飛び交い、ふよふよと蔓延るカラマツは、私のカラマツへの愛の、何よりの証左なのだ。

 私は通り道の真ん中に立ち、「温室」すべてに神経を傾ける。ブウンブウンと低く唸る虫籠の稼働音に、さらによく耳を澄ませば、きゅうきゅうと何かの鳴く音が聞こえる。
 それは、あるいは、羽か、身の軋む音かもしれないが、私にはカラマツの愛おしいくいじらしい鳴き声に他ならない。
 カラマツが鳴いている。
 私を、このわたしを呼んでいるのだ!
 恍惚は心地よく私の身を食む。この穏やかながらも身を潰されるかのような最上の時間は何にも代えがたい至福だ。ゆっくりと目蓋を下せば、暖かな闇が、よりカラマツと私を近付けてくれる。


 びゅうびゅう。

 だが、それは必ずやって来るようになった。びゅうびゅう、びゅうびゅうと、雑音が、私とカラマツを引き裂き、私は忌々しくも目蓋を開けるしかない。
 再び広がる青白い視界。びゅうびゅう、びゅうびゅう。吹き荒ぶのは風の音だ。苛立たしい、奴は、我が家を凍らせんとする死の風だった。
 当然「温室」は風をほんの少しも通さない。そう私は造り替えたのだ。もし隙間風でも吹こうものなら、カラマツ達はたちまち一匹残らず死に絶えてしまうのだ。私は風を憎んでいる。
 しかし、反して、私は近頃ある衝動に




 これから「私」は窓を開け放して百匹といるカラマツを凍死させる衝動に駆られ、その内虫籠からカラマツを一匹取り出しては針で突いてみたり、動物の餌にしてみたりするなど命を弄び、最終的にカラマツと同じ顔をしたバックパッカーの男が宿と食事を求めてやってきたので彼の世話を焼きつつカラマツ同様どうやって遊んでやろうかと考えている内に腹を刺されて死にます。(完)



以外ぷろっとメモです
 カラマツが蛾。羊たちの沈黙の蛾。あたたかくないと死んでしまう。それを無理やり持ち帰った(取り寄せた?)緑生い茂る密林を謳歌するはずだったカラマツは狭い網の中にいる。生命線は暖房機(ライト?) これを消すと、カラマツは寒そうに身を震わす。それを見るたびに真冬が取り巻くこの部屋の窓を開け放ち、彼を外の世界へ解放してやりたくなる。カラマツの解放は死しかない。


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