ヒロトは立派な望遠鏡を持っていた。
小さい頃の私はそれがとても羨ましかった。今思えば星一つの名前もわからない私が望遠鏡を持っても仕方無いだろうに。私はヒロトの綺麗な翡翠色の瞳があの望遠鏡に向けられる事を酷く嫌っていた。ヒロトの瞳はどんな風に星を映すのだろう、あの望遠鏡はどんな風にものを映し出すのだろう。そんな事ばかり、考えていた。


こうして、成長した今でもそれは時たま私の奥底の方からふと顔を出す。ふつふつとした感情がうごめいて、心臓が早く動き大量の血液を身体中に送り込む。小さい頃の私はこの気持ちを上手く制御出来なくて一度、ヒロトの望遠鏡を壊してしまった事があった。自分でもなぜ壊してしまったかわからなくて、こわくて、自己嫌悪に陥って、大泣きしながらヒロトに謝った。ヒロトは嫌な顔一つせずに笑って、いいよ、と答えくれた。私はその言葉を聞いてもわんわんと泣いて、皆を困らせたりした。父さまが、部品を少し弄れば直るからもう泣き止みなさい、と言ってくれた時、心の底から安心して、またどっと涙がでた。でも、もっと心の奥底を覗くと少し残念に思っている自分がいて、それが酷く、怖かった。


私の隣で楽しそうに望遠鏡を覗いているヒロトをみて、私はおんなじ様に空を見上げる。きらきらちかちかと星は瞬いていて、月はまんまるい形で真っ黒な空を少し照らしている。私がヒロトに「楽しい?」と問いかけるとヒロトは望遠鏡に向けていた瞳をこちらに向けて、「楽しいよ、」と笑った。ヒロトは星座表を見て、あの星がなんとか星だ、とか沢山の星の名前を私に教えてくれたけど、特に興味は湧かなかった。私にとって、星の名前なんて特に気になる事では無いのだ。だけどヒロトは優しいから、私にいろんな事を教えてくれる。ヒロトは、優しいから、昔からずっと、優しい。
「ねえヒロト」
「なあに」
「私にさ、」
「うん」
「その望遠鏡くれ、ない、?」
「いいよ」


あげる。ヒロトは間を開けずにそう言った。私はてっきり、怒られると思っていたから拍子抜けだ。ぽかんと口を開けるていると、ヒロトが私の顔をみてくすくす笑い出したので段々と腹がたってきた。私はヒロトに背を向けて、しかめっつらをする。
「いらないよ、望遠鏡なんて、」
「欲しいっていったのに」
「だって、それは、言ってみただけだし、」
「うんうん、」
「私、星の名前とか一つも知らないし、」
「うん、」
「いら、ないよ、ぼうえんきょうなんて、」


私が膝に顔を埋めて丸まると、ヒロトはゆっくり私の名前を呼んで背中をさする。泣かないでよ、なんて声が聞こえて泣いてないよ、と意地になって鼻声で答えてやった。私は、綺麗でも無いし、いいこでも無いけど、ヒロトのいちばんになりたかった。いちばんキラキラ光ってる、大切な女の子に、なりたかっただけなんだ。ヒロトは私を安心させる様に、少し笑って、私のおでこにくちづけをした。
「ほら、とっても素敵だよ、」



いちばんぼしそうさくたい
(100928)

- ナノ -