椿とはセックスをする仲という事実はなかったかのように、チームメイト兼友達を続けていた。それは俺が望んだものなのに、望まなければならないと理解した筈だった。それでも、何かがつっかえたような感覚が治まらない。
 一つの救いとして、椿に無視やあからさまに嫌な顔をされなかったことだ。そうされていたら俺はどうなっていたか。(椿はそんなことする奴じゃないとは思ってはいるが。)それでも、いっそそうして欲しかったと、真逆のことも考えてしまう。椿の俺に向けられる変わらない笑顔が苦しい。はなから俺は椿にとってただのチームメイトで友達だと言われているようで、自分がまだ椿を好きなんだということを突き付けられているようで、そう思ってくれている椿を騙しているようで…。自分はなんて往生際が悪いんだろうか。
 前と変わらない椿は俺に平気で嘘をつかさせる。椿は狡い。そして、俺はもっと狡い。椿の傍にいられる手段を友達という役割に戻しただけだ。あんなことをしたのに、俺はちゃっかりとそのポジションに腰を据えている。もしかしたら。そんな甘い考えが自分を支配して、どろどろした黒い感情が俺の中にふつふつと湧いては身体中を蠢く。俺の方がよっぽど狡い人間だ。




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「椿、最近赤崎と仲イーのな」

 隣からいきなり発せられた言葉に上着を取る手が強張った。首だけを傾けると丹さんとガミさんがつるんで椿に絡んでいた。後ろ姿ではあるが、椿は焦っているようでそれが面白いのか周りで着替えを済ませているメンバーも笑みを浮かべて椿の様子を見ていた。耳と首筋が真っ赤で照れているように見えた。俺に赤崎さんの話をする椿はいつもあんな感じだった。俺は今笑えているだろうか。ふとそんなことを思って、異常なまでに冷たくなった指先で頬を撫でた。すると椿がこちらを振り返り、宮野まで笑うなよと言ってきたから俺も笑えていたのだろう。起用でよかったと椿にヘラリと笑って上着を羽織った。

「寮でも結構仲良いよなー」

 丹さんとガミさんの間に割って入ってきた世良さんの言葉に、椿は滅相もないと首を横にふっている。あれはあれで、ここに本人がいたらキレそうだなと思ったが、赤崎さんは早々に着替えを済ませて携帯片手にどこかにいってしまった。最初の頃はそんな赤崎さんの行動を茶化していた面々も今では茶化すのも飽きたとばかりに誰も茶化すことをしなくなった。

「椿ってもっとこう…赤崎にビビってる雰囲気あったけど」
「そ、そんなことないッス」

 会話するのもままならなかった赤崎さんと椿がよく飲みに行ったり寮でも互いの部屋を行き来している。今までに無い光景で、これからも絶対に合わないとまで言われていた二人が一緒にいることに他のメンバーは不思議に思っていた。
 いやビビってたよなと話しだした面々を前に椿は服を着替えるために練習着を急いで脱ぎ始めた。

「あ、あれ?」

 一気に着ているものを脱ごうとしたのか練習着やインナーが変なところに絡みついてグイグイと変な方向に引っ張っている。周りにいた丹さんやガミさん、世良さんの笑い声に急かされるのが逆効果で変なところから腕を出していた。

「なにしてんの椿」

 練習着とインナーを引っ張ってやると椿は恥ずかしそうにありがとうと言い服を受け取った。

「宮野は椿の旦那みたいだよなー」
「ははっ、たしかにっ」

 肩と背中をバシバシとガミさんと世良さんに叩かれて軽くむせた。ガミさんと世良さんにやめて下さいよと振り向いて肩を摩る。すると丹さんに肩を抱かれてズイっと一緒に椿に近づく。少し驚いたように椿の大きな瞳がさらに開かれた。

「おい宮野ー赤崎にとられて妬いてんじゃねーの?椿って罪造りな奴だなー」
「たっ、丹さん?!」

 丹さんの発言に椿は目元を赤らめて丹さんを見る。俺の顔の横で今も尚、にやにやしているだろう丹さんの肩に腕を回してもう片方の手で大袈裟に顔を覆う。

「そーなんスよ、最近椿の奴が付き合い悪くて…俺フラれたみたいッス」
「ちょっ…」
「ひでー!よーし宮野ー今日は俺らと飲みに行くぞー!!ほら支度しろー」
「っ…宮ちゃん!……?」

 驚いた。久しぶりに聞く自分のあだ名。椿はあまりにも興奮していたのだろう、俺の腕を掴んでいた手を離して口もとに持っていった。驚いたのは二人だけであとの三人は漸く自分のロッカーにいき服を着替え始めた。椿は目線を泳がせていて一目で焦っていることが分かる。その焦り様が可笑しくて思わず吹き出してしまった。

「なんだよお前…今日キョドリすぎだって…ぶはっ」
「だ…って……宮……」

 口を開いては閉じ開いては閉じを繰り返して最後には唇を噛み締めていた。
 椿と会って同い年なのに宮野さんだなんて呼ぶもんだから、呼び捨てでいいよと言った俺に椿は暫く考えるような素振りをしてから「じゃあ、宮ちゃんだね」とはにかみながら笑った。今思うと、椿に好きだという感情を持ったのはあの時だと今になって思う。

「椿が…呼びやすい方でいーよ…俺は宮ちゃんって好きだけどね」

 マフラーを巻いて首の後ろで緩く結ぶ。

「宮野ー行くんだろー」
「はい、すぐ行きます」

 支度が終わったらしい丹さんとガミさんがロッカールームのドアを開けながら俺を呼ぶ。いつの間に行くことになったらしいが、今日は別に用事も無いし、飲みたい気分だ。丹さん達に聞こえるように返事を返してもう一度椿を見る。椿は脱いだままの服をギュッと握りしめたまま自分の足先を見つめていた。
 椿の返答は無いと判断して、小さく溜息を吐いてから椿の日に焼けていない肩をポンと叩いて横をすり抜ける。風邪ひくから早く着替え済ませろよと伝えて丹さん達の方に向かう。すると、グッと何かに引っ張られて立ち止まる。

「あ…の……宮、ちゃん…って………また呼んでもいい…?」

 肩越しに椿を見ると切羽詰まったようなそんな神妙な顔をしている。椿は椿なりに、俺との関係を保とうと努力してくれているということは分かっていた。でも、足りない。得られないのは分かっているのに、俺は狡いから、椿に一番近い友達でありたい。
恋人という位置に居られないならせめて、そこだけは俺に任せて欲しい。

「うん、だからさ、椿が呼びたいよーに呼びなっていっただろ」

 椿と向き合うと椿の目元は赤くなっていた。今にも泣いてしまえそうな顔。俺は少しだけ笑って椿のロッカーから椿の私服を取り出して椿の顔に押し付ける。椿はそれを受け取ってからあの時みたいに笑った。それを見て、なんだか今までつっかえていた黒い感情がスッとどこかにいってしまったように思えた。

「つーばきー!!愛人のお出ましだぞー!」
「おっ!?修羅場か修羅場か〜?」

 ドアの方からそんな丹さんとガミさんの面白がる声が聞こえてくる。次いで、本当に訳が分からないといったような不機嫌な声が聞こえる。

「なんスかそれ、つーか、うっせーな丹さん達は声デカイ……おい、椿、買い物行くんだろ?」

 ドアの横の壁に寄り添って帰る準備万全な赤崎さんが尚もしかめっ面をこちらに向けて椿に声をかける。それに椿は焦って服を着替え始める。俺はそんな椿に笑ってポケットに手を突っ込む。指先はいつの間にかいつもの温度をとりもどしていた。

「じゃあ、俺は飲みに行ってくるから…愛人さんによろしくな」
「みっ…宮ちゃん!?」

 こんなにもすんなりと冗談が言える。赤崎さんが同じ空間にいても、だ。椿の笑った顔が俺を変えてくれた。まだ、ふっ切れていると言えば嘘にはなるが、きっと時間が解決してくれると思えた。なんだか長いかくれんぼをしていたようなそんな気分で、少しだけ疲れた。何かを言おうとした椿に軽く笑って、丹さん達を追う。その手前で赤崎さんと目が合って、お疲れさまでしたと軽く会釈して横をすり抜けた。まともに顔を見れたような気がして、悔しいけどなんだか笑みが零れた。待っていた丹さん達に宮野がニヤニヤしてんぞと両方から肩を組まれて、既に酔っ払っているかのように声をあげて笑った。



(120227)
 暗く腹黒い宮野なんて嫌!と思い、健気に椿を思う宮野にしようと思いましたがなんか違う。とにかく、これから宮野は椿を支えてくれないと困るので病んでもらっては困るので…こんな役回りに。
 次からはザキバキの関係が変化してくると思います。だってまだ赤崎さん最低な男になってませんので。←
 とにかく、あくまでも、宮野は病まずに椿を思って欲しい。最初今回は病ませましたが…。やっぱり宮野は爽やかじゃないと^^

壱汰

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