好きだと気付いた瞬間にそれは伝えようの無いものだと絶望した。それでも世界は変わらず俺の横をすり抜けていく。
 この抑え処の無い虚無感が耐えられなくて、神なんて存在をはなから信じてなかったのに、ここぞとばかりに恨んでやろうと思った。神なんてくそくらえ。



宇宙人は神様に微笑む



 テニスと少しの恋愛の人生に、いつの間にかあいつは入り込んできてて、勝手に居座るようになっていた。自分より背が高くて年下でふにゃふにゃ笑ってて天然で…男で。どこもかしこも好きになる要素なんて一つも無かったのに。いや、男でってのは好きになる要素か。なんて、学校の屋上の冷たいコンクリートに頬を押し付けたまま、自嘲気味に口を歪めた。うつ伏せに投げ出された四肢の制服の裾からは冷たい風が入り込んできて身体中を冷やす。それなのに、頭は沸いてる。
 あいつの、長太郎の顔が瞼の裏に張り付いてて、閉じるのも開くのも億劫だと足をバタつかせた。案の定おざなり程度に足に引っ掛かっていた上履きは四方へと散らばった。もう何もかもが面倒だ。いや、テニスはやる。テニスは別だ。俺にはテニスしかないんだと、自分に言い聞かせるように呟く。ゴロリと仰向けになって空を見上げる。寒いのにムカツクくらいに快晴で、気分が悪くなる。カーディガンの裾を引っ張りながら顔の前で腕をクロスさせる。もう一度瞼を閉じると、やっぱりあいつの顔が浮かんだ。



 お前が、俺のことを知ったらもしかして一緒にダブルスなんか組めねーかもな。そんな言葉に、あいつは大きな瞳を更に大きくして、その瞳に躊躇なく俺を招き入れた。

「どういう、意味ですか?」
「ん、そのままの意味」
「俺…宍戸さんのこと、もっと知りたいです」

 だから、教えてください。と懇願していつの間にか手まで握られていた。握った手に視線を落として、そういえばいつだったか日に当たってる割りに真っ白な長太郎の肌を指摘したことがあったなと思い出す。その時はすぐに皮が剥けるだとか女子みたいなことを言っていて貧弱なやつだと思っていたはずなのに。自分の手は触れられた部分から馬鹿みたいに熱を孕むほど長太郎の綺麗な手を意識している。
 伏せていた瞳を長太郎へと向けると意図も簡単に、あの瞳に捕らえられた。言うつもりなんかなかったのに。

「俺、男が好きなんだ」

 長太郎の手がビクリと反応した。暫く自分も何を言ったか分からなかった。

「あ…」
「…ししど…さん?」

 気付いた時には長太郎の手の甲が赤くなっていて、自分の手のひらもジンジンと痛かった。ああ、白い手をはたいてしまったんだなと思ったら、何かが切れたように次々に言葉が口をついて出た。

「ひくだろ?…でも、ジローはこのこと知ってるしジローと付き合ってたこともある好きだったし俺もあいつも…」
「嫌です」
「…」 

 それは紛れもなく俺への拒絶だった。
 そりゃそうだ。と、その時は変に冷静だった。何か言おうとする長太郎を無視してコートに出て、普通に長太郎と練習をして帰った。家に帰っても寝られないかと思っていたのに以外にも眠れて目覚めは嫌なくらいに良かった。
 それでも朝練に行く気にはなれなくて、トレーニングのために少しだけ走ってシャワーを浴びた。ぐずぐずと色々と思考を巡らせてシャワーを浴びていたので気付いた時には既に普段出る時間をオーバーしていた。急いで学校に向かったがホームルームは遅刻決定で、下駄箱には誰もいなくて上履きを床に放ったけれど片方だけひっくり返って小さく舌打ちする。
 少しだけ屈んで手を伸ばそうとすると、フッと真横から影が差してひっくり返ったままの上履きを直そうとした形のまま俺は固まってしまった。

「宍戸さん」

 長太郎だ。顔を見なくても分かる。長太郎の柔らかい声音に全身が際立つ。この場から一刻も早く逃げたかった。体はギシリと金縛りにでもあったみたいに動かなかった。

「宍戸さん…俺…」

 長太郎の言葉を掻き消すようにチャイムが響いた。はじけたように体が動いて上履きを足につっかけて長太郎の脇をすり抜ける。顔なんか見れるわけがない。失望したっていう長太郎の顔なんて見たら、テニスだって碌にできなくなる。馬鹿みたいに走って、いつの間にか屋上に来ていた。そのまま、冷たいコンクリートに倒れこんだ。




 昨日のことをいくら思い出しても長太郎との記憶はさっきの記憶までで、いくら最初から思い出しても変わることなく俺に突き刺さった。何度瞼を閉じたところで浮かぶのは長太郎の顔でカーディガンに瞼を押し付けるとジンワリと温かくて、嫌になった。本格的に泣いてやろうかと腕を解いてもう一度空を睨みつけようとして、息が詰まった。

「宍戸さん」

 長太郎の笑った顔。瞬間的に飛び起きてもう一度逃げようと思考では成し遂げていたのに、気付いた時にはあの冷たいコンクリートに両の手の甲が押し付けられてて、端正な長太郎の顔が目の前にあった。

「宍戸さん…泣いてるんですか?誰に…誰に泣かされたんですか?!」

 お前だよ。なんて言えなかった。
 笑顔から一瞬にして険しい顔になったから何かと思えばそういうことかと、俺は長太郎から視線を逸らした。手のひらを合わせる長太郎の手がピクリと動いた気がしたが、俺はそれどころじゃない。昨日今日ふられて、まともに先輩後輩できるほどできた人間じゃない。それでも体格的に暴れてみても、長太郎はビクともしないだろう。そんな無様なこと、今はどうか知らないが、少しでも俺を先輩と見てくれていた長太郎に見せたくない。

「ジロー先輩ですか」
「……はあ?」

 沈黙を破ったのは長太郎で、俺はその長太郎の言葉に心底間抜けな声で返した。あまりにも場にそぐわない人物の名前が出てきて長太郎を見上げる。長太郎の顔は真剣そのものでまた息が詰まった。

「俺っ昨日ずっと考えて…考えて…考えたけどやっぱり…嫌でした」

 眉間に寄った皺は長太郎には似合わなくて、手が使えたら撫でてやるのにななんてそんな、今更あり得ないことを考えながら長太郎の次の言葉を待つ。ダブルス解消か。

「宍戸さんとジロー先輩が好きあってても俺ダブルス解消なんてしたくないですっ俺、宍戸さんじゃないと嫌です…宍戸さんがジロー先輩のこと好きなのも嫌です!!」

 だから、別れてください。長太郎の声は澄んでいて、俺の耳にゆるりと心地よくて、それでいて…理解できなかった。長太郎は鬱陶しいぐらい別れてくださいを連呼してきて身体だけが反射的に動いて、長太郎の鳩尾を膝で蹴飛ばしていた。

「っ!!」
「意味わかんねー!!」

 俺はよく分からずに、鳩尾を抑える長太郎をコンクリートに置き去りにし屋上の金網まで全力疾走した。すると早くも回復したらしい長太郎は俺の半径1メートル以内にいた。金網に背を向けたまま俺はそれ以上近づいたらダブルス解消してやると叫んでいた。さっきまでは言われる方だったのに。なぜ、こんなことになっているのか、きちんと説明して欲しい。
 長太郎は一瞬悲しい顔をして、ピタリと止まってコンクリートに正座した。

「宍戸さんはっ…俺の…神様なんですっ」
「っ…お前のっ…信仰押し付けんじゃねぇ!」
「違っ、おっ俺はクリスチャンとかじゃないですっ」
「知ってるよっ」
「…俺はっ…俺は、宍戸さんがっ全てなんです」

 神様だとか、全てだとか。あり得ないことばかり言い始めた長太郎にますます意味が分からなくてだんだんイライラしてきた。

「お前ホモなの?」
「えっ…」

 違うだろ。ホモって言葉だけで動揺しやがって。イライラを抑えるのもアホらしくなってきて焦る長太郎に怒鳴る。

「俺は、ホモなの!分かるかよホモってちゃんと」

 なんで俺は好きな男の前、しかもノンケに自分はホモですって公言してんだよ。もうなんか涙がでそうだ。もういっそ泣いてやろうかなんて思っていたら、長太郎の言葉に無くどころじゃなくなった。

「宍戸さんが俺のこと好きなのは知ってます…いや、…知ってました」

 言葉を失うとはこういうことなんだろうなと、金網に凭れてコンクリートに腰かけた。

「だから…両想いだって安心してました」
「………は?」

 ダブルス組んでても時々可笑しなこと言う奴だなとは思ってたけど、いよいよこいつは宇宙人なんじゃないかなと疑わずにはいられないことを口走った。
 宍戸さんがジロー先輩のこと好きだなんて全然分からなかったし、俺焦っちゃって。そう言った長太郎は一回りも二回りも小さくなって俯いていた。俺は金網を揺らして立ちあがって、漸く上履きを履いていないことに気が付いた。遥か向こうにひっくり返ったまま持ち主を無くした上履きが寂しく残っていた。
 長太郎の目の前に腰かけて、今度は長太郎を真正面から捉える。案の定、長太郎の大きな瞳にいとも簡単に俺は捕えられた。

「いつお前俺に好きだって言ったの?」
「俺いつも宍戸さんのこと好きって言ってます!」
「はあ?一度だって聞いたことねーよ!」
「言ってます!心のなかでいつも宍戸さん好きですって」

 嗚呼、コイツはとんだ宇宙人だ。信じられねぇ。狂ってる。そんなことを思っていると、キラキラした瞳で「愛してます」なんて言ってきたもんだから頭を軽く叩いてやったけど、すぐにヘラリと笑っていつもみたいに抱きついてきた。そういえば、スキンシップが多い奴だとは思った。それも俺限定。

「お前って…ちょいダサ」
「心得てます」
「ほんとに俺のこと好きなのかよ、尊敬とかいったらぶっ殺す」
「尊敬はしてます!好きです!宍戸さんになら俺なんだってできますし、積極的にしたいです!」

 長太郎はそう言って、俺にキスしてきやがった。いきなりのことで一気に顔が赤くなって、宍戸さん可愛いですと、あの白い手で頬をスルリと撫でてきたもんだから、うるせえ黙れと長太郎のキッチリと締められているネクタイを引っ張ってキスして、おまけで舌も入れてやった。




(120209)
ハッピーバースデーするこ!!
鳳宍書いてみたよ!趣味に走ったよ!ごめんね!
良く分からないまま書いてしまってなにやら鳳宍を汚してしまったようになってもうた。
ガチ宍戸さんと宍戸さんが全てな長太郎。
書いてて楽しかったですキャラ違うけど!タイトル電波だけど!
いつもいろいろありがとう\(^^)/お前が相方兼友達で幸せだよ!!これからもよろしく!おめでとう!

Happy Birthday to suruko!!

*するこのみお持ち帰り可

壱汰
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