大学からの帰り道、行き交う車が何かを避けるように走っていた。その正体は異様な多さのカラスで、何かに群がっているようだった。動物か何かがいるのか、はたまた死骸か。いつもなら目を背ける光景に何故か見いってしまう。群れの中心に目を細めるとそこには一羽のカラスがいた。まだ生きている。他のカラスに襲われているのか、抵抗すらしていない。身体が反射的に動いていた。道路を横切り中央の縁石にあがる。カラスの群れは近付くとギャーギャーと騒ぎ始めて数羽が襲ってきた。

「ちょっ、待って…待ってってば…っ」

 早くここから移動しないと絶対に轢かれてしまう。カラスを掻き分けて中心にいたカラスを抱き上げてアパートまでの道を突っ走る。他のカラスは追ってくる気配はないようで暫く走って立ち止まる。腕の中のカラスがこちらを試すように見詰めていた。深い翠の瞳をしていて吸い込まれそうだと思った。

「連れてきちゃったけど…怪我してるし…いーよね?」

 そう言うとカラスはカァと一鳴きして嘴をカチリと鳴らした。




 河童荘には珍しく誰もいないようで静かだった。いつもなら世良やアパートに残っている妖怪が顔を覗かせたりと出迎えてくれる。達海や後藤も居れば出てくるし顔はあまり見せないけれど椿は赤崎の気をいつも感じていた。それが今日は全くないので不思議に思いながらも部屋に入って暖房を入れて段ボールの中に毛布を敷き、抱えていたカラスをゆっくりと毛布の上に乗せた。カラスはピクリとも動かずに此方を観察している。

「そんなに酷い怪我じゃないけど…羽…血がついてるから拭かせてね」

 カラスはなにも言わず大人しく椿が拭くのを見ていた。それに椿は笑いながらお前拭いたら綺麗になったよ、おとなしいな。等と声をかけ左の翼に包帯を巻いた。

「たぶん折れてるから…安静に」

 椿はカラスの頭を優しく撫でてパンと温かい牛乳を持ってきて段ボールの中に置く。カラスは一向に食べる気配は無く、今もなお椿をじっと見詰めている。

「俺が見てるから食べないのかな……ふあ…なんか…眠い」

 炬燵に足をいれて段ボールの中のカラスを見ていた椿はいきなり睡魔に襲われそのまま寝転び瞼を閉じた。




「んっ…」

 腹部が重く、瞼を開けるのも億劫だった。それでもなにかおかしいと思い、椿は瞼を開いた。

「ん…?」
「ふは…もう起きちゃった?」
 ボンヤリとする瞳に浮かんだのは暗がりに光る金に近い栗毛。至極柔らかそうな短髪の男が腹部に股がっていた。椿は起き上がろうと身じろぐが両の手を床に押し付けられていて身動きが出来ない。喉の奥にはりついた声をなんとか絞りだす。

「…だっだれ…ですか…」
「わっかんない?…ぶはっ…なにそれ…ウケルッ……俺の身体をこーんなにしたのに、さ」
「っ?!」

 口角がつり上がって真っ赤な舌が薄い唇を舐めたのを見て、なぜだか直視していられなくて顔を背けた。すると首筋に生暖かい何かが這わされて鳥肌が立つ。ちゅっと断続的に肌を吸う音が響き、水音が鼓膜を揺さぶる。

「…んんっ…まっ…やだっ…あっ」

 それが舌だと分かってリアルに意識してしまい気持ち悪い。椿はジタバタと四肢を動かすが無駄に終わる。首筋を舐めた舌が今度は耳たぶを舐める。

「やっやだ…やめっ〜」
「あは…すごいね…思った通り…ほら、手も治った」
「っ?!」

 左手に巻いてあった包帯を外して上に乗っている男はニンマリと笑った。そこには血の滲んだ大きな傷痕があった。が、それもみるみるうちに消えてしまった。

「?!」
「椿くんの気…やっぱりすごいね…骨もくっついた」
「骨……さっきの…カラス?」
「あは。気付いた?…椿くん…椿くんがね、俺をこの姿に戻したんだよ」

 唇に親指の腹が当てられて顔が近付いてくる。唇に息がかかる。そのままするりと顔を滑り、筋ばった手がグッと首を絞めてきた。

「あ…うぁ」
「もう…随分になるかな。いよいよ最近実体が維持できなくなって力もほとんど無くなってそれなら消滅しようと思ってたのに…椿くんは…俺を生かしたんだよ……責任とってよね」

 締める力を強められて酸素を求める為に開いた口に生暖かい何かが入り込んできて、口腔を暴れる。それが相手の舌だとすぐに分かって歯をたてた。口に広がるのは血の味で、離れるときに見た瞳は翠に光っていた。

「っ……やるねぇ…」
「げほっ…なっ…なにすっ…?!」

 ペロリと唇を舐めた舌はさっきよりも真っ赤で、舐めた唇に血がついていた。なぜだか彼が笑んでいるのに瞳が悲しそうな…寂しそうな色をしていて、唇についた血をいつの間にか指先で拭っていた。

「なんでそんな…寂しい目」

 自分の言動に驚く。目の前の彼も驚いたように一瞬目を見開きすぐにスッと細めた。

「…ほんと…いつまでたっても…甘いよ椿くん……こんなことされても…優しいなんて、ね」

 皮肉なもんだよね。また俺を自由にしてくれないんだ椿くんは。俺を選んでくれないくせに、俺は君が欲しいよ。
 何を言っているのか分からなくて椿は首をかしげることしかできない。部屋に射していた西日が消え、辺りがいきなり靄がかかったように薄暗くなる。そのせいで相手の表情が見えなくなってしまった。

「…あの」
「ほんと…甘いよ」
「…」
「名前………持田って…呼んでよ」
「も…持田さん?」

 名前を呼ぶとフッと笑顔になった気がした。そのまま顎を掬われて、キスされる、と思ったけれどなぜだか拒むことができなかった。触れるだけのキスをされて温もりが離れていく。

「見つかっちゃったみたい…」
「?……わっ」

 フワリと身体が宙に浮く。この感覚をよく知っている。ギュッと目を瞑って、それでもどこに腕を回せばいいのか分かる。誰かが電気を着けたのか、瞼越しでも眩しい。

「この馬鹿」

 耳元でそう囁かれて相手の気が乱れてるのがすぐわかった。椿は聞こえるか聞こえないかの謝罪をして瞼を開いた。

「ザキ…さん」

 ツートーンの髪に獣の耳が見えた。それは紛れもなく椿のよく知った顔だった。

「ぶはっ…王子様達のご登場ってとこ?」
「王子は僕一人だよ」
「王子…ややこしくなるんで黙っててもらえますか」

 椿は赤崎の首筋にぶら下がったまま部屋を見渡す。すると壁に凭れているジーノとその横でワタワタと焦っている猫化した世良を見つけた。
 やだねぇ、ザッキーはすぐ頭に血がのぼるんだから。ジーノはそう言って肩を竦めた。

「なんで…八咫烏のあんたがここにいるんスか…八咫烏は消滅したはずでしょ」
「犬の嗅覚も大したことないんだね…俺が八咫烏かどうかも分からないなんて」

 触れている赤崎の首筋の血管がドクリと脈打ち耳の毛が逆立つ。抑えてくださいと首筋に抱き付く力を強めると腰に回された手に力がこもった。

「いい加減にしてくださいよ、結界なんか張りやがって…」
「常識でしょ…子作りしようと思ったんだから」

 持田はニヤリと笑って窓際の桟に腰かける。椿は子作りという言葉に反応し声を張り上げる。

「おっおれ男ですっ」
「こういう妖しモノは雌雄の区別はねーんだよ」

 すぐに赤崎に言葉を返され訳がわからず椿は押し黙った。

「俺はね、犬が嫌いなんだよ、それも犬憑きが…ね」
「はっ、奇遇ッスね。胸くそ悪い」

「はーいはい、力は使うなよーお前らーアパートが吹っ飛ぶぞー」

 いきなり割って入った声に椿はその声の主を探す。

「邪魔しないでよ達海さん…それにここじゃ大して使えないでしょ」
「そりゃね。つか、持田ー…お前家賃滞納で追い出すぞって平泉さんが言ってたぞー」

 声の主は持田が座っている窓の外からで、目から上だけが此方を向いていた。今までの険悪なムードをぶち壊すほどのマヌケさでそれに耐えきれなかった世良が噴き出した。

「ぶひゃひゃっ」
「世良さんウゼー」
「だって…ブハッ…監督空気読まねーし」
「こらー、世良、俺は空気めちゃくちゃ読んでるからね」

 ジーノはなんだ楽しくないと姿を消し世良は未だに床で笑い転げている。睨みあっていた赤崎と持田の気もいつの間にやら静まっていた。赤崎は椿を降ろし自分の後ろに囲う。

「はー…シラケたよね本当」

 持田は気だるそうに桟から腰を浮かせた。そして達海がいる外へと飛び降り地面に着地する。

「達海さん、贔屓はいけないよ」
「まさか、俺はいつでもひ弱な青少年の味方だよ」
「ひ弱ねぇ?…まあ…ここ楽しいし戻ってこようかな」

 平泉さんまだ生きてたんだねと持田は笑い、赤崎の後ろに隠された椿を横目で見る。

「椿くん、またね」

 口端をあげ自分の首筋をチョンと指で指し示す。椿はバッと手でその部分を隠す。それをみて持田は満足したように風を纏い消えてしまった。

「おさまったよーだなっと…んじゃ俺は寝るから」

 達海も首をコキリと鳴らしながら帰っていき、椿の肩に乗って大丈夫だったかと擦り寄ってきた世良は赤崎によって首筋を後ろから持ち上げられ、窓から外に放り投げられた。直ぐ様閉めた窓の外で世良の叫び声が響いていたが暫くして消えた。
 椿の部屋は二人きりになりシンと静まり返った。

「あの、」
「…」
「ありがとうございました…ザキさん」

 赤崎は眉間に皺を寄せており椿は赤崎がいきなり伸ばしてきた手に驚き肩を震わせた。

「あ、すみませ、ん…」
「まだ…恐いか?」

 人間とは言い難い、筋ばった爪の鋭い獣に近い赤崎の手に椿は自分の手を添えた。首を横に振りギュッと握る。

「ザキさんは、ザキさんスよ」
「っ…つばき」

 赤崎の耳と尻尾が消え、手も人間のものになる。人間の温もりが戻った赤崎の手から手を離しニコリと笑うと、赤崎の指がが椿の顎を掬う。

「?」
「ここ」
「あ…」

 きっと赤く色付いているだろう首筋の痕を指でなぞられて椿は焦ったように隠そうとする。赤崎から離れようとしたが一歩間に合わず、腕を掴まれて首筋に熱い息がかかる。チュッと強めに肌を吸われチクリとした痛みに顔をしかめ、赤崎の肩を押すが思った以上に力が入らず椿は混乱する。持田の時と何ら変わりはない行為なのになにかが違う。

「あのっあの…ザキさ…ん」
「…接吻は…?」
「え…せっぷん?……あ、」

 ピクリと赤崎の片眉が上がったのを視線の端にとらえた時には既に赤崎の舌が口腔に滑り込んでいて舌を吸われる。いきなりのことで息が詰まる。後頭部を押され深く口腔を犯され最後に舌先に犬歯を立てられ、甘い痺れに腰が砕けたように立たなくなり、崩れ落ちるように床に座り込んだ。腕を引っ張ることで衝撃を緩めた赤崎は肩で息をする椿の蒸気した頬を撫でて、小さく悪いと呟いて椿の前から消えた。

「……へ?」

 椿は異様に早鐘を打つ心臓と治まりそうにない身体中の熱に戸惑い、しゃがみこんだまま自分の身体を抱きしめた。



(120109)
長いですねすみません。そしてありきたりな話に。ベタな話ですね
というか書いててすごく恥ずかしくなって無駄に時間かかりました。
これの続きはー今のところないです。持田さんとの出会いを書きたかっただけでしてなぜこうなった。
シリーズなんでぶつ切りのお話と思っていただけたら。
引っ付けるようにみせてこんなんばっかになるんじゃないかと
まだ分かりませんが(^^)とりあえず持田さんだせてよかった!
八咫烏というか妖怪は結構自分設定でお送りしてるのできちんといつかまとめを書きたいです。

壱汰
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