「よお、椿」
「…?」

 声は聞こえる。でも、姿が見えない。二度三度と辺りを見渡してもう一度後ろを振り向く。

「よ」
「っ……かっ管理人さんっ」
「相変わらずボケッとしてんなお前」

 さっきまで絶対にいなかったのに。いつの間に背後に。

「つーか、違うでしょ。俺のことは監督、もしくはタッツミーでよろしくって言ったでしょ」
「あ、すっすみませんっ」

 なんでも、ここの管理人ではなく一時的に任されている謂わば監督のようなものだ。と初めて会ったときに説明された。そんなことを思い出して謝るとへらりと笑われてくしゃりと頭を撫でられた。

「もう慣れた?」
「へ」
「ここに」
「え、あ…」

 いきなりのことでどう答えて良いのか分からなかった。でも暫く考えて、こくりと頷くとニッと笑ってまたくしゃくしゃと撫でられた。何だか気恥ずかしくてでも温かくて、嬉しかった。暫く撫でられて見上げるとお前素直で可愛いなと監督はまた優しく笑んだ。

「ここの奴等も…お前のこと気に入ったみたいだし、俺もお前のこと気に入ったよ」
「っ、あ、ありがとうございますっ」

 監督は最初からこんな感じに接してくれた。でも一番疑問なのは…人か妖怪かと言うことで。いつもジャージかスーツに緑の上着。至って普通の人間なわけで。耳がでたり尻尾がでたりなんてとこを見たことがない。
 ジッと見ていたのを不思議に思ったのか監督はどしたのと首を傾げた。

「や、えと…あの…」
「はは、俺は烏天狗だよ」
「っ?!……へ?てん…ぐ」

 監督はケラケラと笑いながら顔に書いてあるよお前。と、俺の顔を指差す。焦って顔に手を添えるとそれも可笑しかったのか監督が豪快に笑う。

「かんとくっ」
「はは、まあ今は訳あって力使えないし人みたいなんだけどね」
「達海っ!お前また」

 そうなんですかと言おうとしたらいきなり怒声が聞こえて一瞬縮こまる。チキンで嫌になる。カッチリとしたスーツに身を包んだ…人?が監督に詰め寄る。

「あら、ゴトーどしたの」
「またお前はペラペラと…」
「んーいーの、コイツはここに…はいれた奴だから…ね」

 お前と一緒だよ。そうニヤニヤと笑う監督をよそにその人は驚いたような顔で此方を見てきた。

「そうか…なら…君も人なんだな。ああ、すまない。俺は後藤だ…えっと」
「つっ椿です!」

 このアパートにきて初めての人で変にどもってしまった。恥ずかしい。

「俺はコイツのそうだな…幼なじみみたいなもんだな…友人かそこらか」
「ははっ嘘おっしゃい……椿、こいつが俺の妖力を吸いとったよーなもんだよ」
「え」
「達海っ」
「ニヒー、じゃーな椿、俺ゴトーの御守りがあるからまたな」

 監督はそう言って管理人室へと入ってしまった。言われたことが整理できてなくてぐるぐるしていると、後藤さんが少しだけ困った顔をしながら、アイツが管理人だなんて大変だろうとため息をついた。

「俺は一応管理人室で寝泊まりしてるからなにかあったら言ってくれ。仕事が最近忙しくて帰ってなかったんだ」
「へ…?監督と住んでるんですか?」
「…あー、笠野さん…本当の管理人に頼まれたんだ。達海が色んな意味で暴走しないようにな。マネージャーみたいなもんだよアイツの」

 後藤さんは人のよさそうな笑顔でそう告げて俺の頭を撫でた。どうも今日は子ども扱いされているようで気恥ずかしい。

「ようこそ、ETU東荘へ」
「…ウスッ」
「ゴトー!」
「あーはいはい、じゃあな椿」
「はいッス」

 管理人室へと入る後藤さんを見つめていてさっき言われたことを整理しようとする。でもうまく頭が働かなくてうーんと唸る。すると腰の当たりに衝撃が…。

「ひゃあああっ!」
「ぶはっ…お前なんつー声だしてんの」
「うはっ耳がイテー!」

 腰を見ると猫化した世良さんがニタアと笑ってしがみついていて、後ろにはザキさん。ホッと胸を撫で下ろす。

「世良さん今日は猫化なんですね」
「おう!雨が降りそうだからな」

 よくわからないけど猫は水が苦手ということなのだろうかと考えていたらザキさんが世良さんの首筋をむんずと掴んでポイと投げてしまった。

「おっおおおあおまえ!先輩に向かってそれはないだろ!!!」

 ベチリと猫らしからぬ着地を地面にきめて世良さんはすぐに立ち上がって身体を奮わせ砂を飛ばし、いつの間にか俺の肩へと乗っていた。少しだけ土臭い。

「お前こんなとこでなにしてんの」
「え、あ…監督と後藤さんとお話してて」
「ふーん、後藤さん帰ってきたんだな」

 ザキさんや世良さんは、さっきの監督の言葉の意味を知っているのかなとか思ってしまったけれど、きっとあまり聞いてはいけない話のような気がして、聞くのはやめた。

「そおだ!椿っ、美味い酒買ってきたんだ」
「え?今から飲むんスか?マタタビ酒はいらないッスよ?」

 グリグリと世良さんが額を頬に擦り付けてくる。ふわふわしてて気持ちいい。ひげが少しだけチクチクするけど。
 そんな世良さんも猫又になるくらいだから、この世に未練があるのかなんなのか、そういった部分は聞いたらきっと世良さん以外の人も教えてはくれるのかもしれない。けれど、今は知識もない力もない自分が聞いたところでどうなることでもない。自分から聞く勇気はない。それが歯痒い。
 元気がないのが伝わったのか階段を登って15号室へと歩く道すがらザキさんが後ろからポンポンと頭を撫でてくれて、さっき二人にされたみたいに心がほかほかと温かかったのを通り越して、顔に熱が籠って胸がバクバクと忙しなかった。どうしたのかわからなくて少しだけ、自分が怖かった。


(111103)

ゴトタツ+ザキバキなのか違うのか。
とりあえず椿が乙女である。
話が飛び飛びですね
分かりにくいものですみません
0109変更

壱汰
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