(社会人)

 人の頬をひっぱたいたのは初めてのことだった。暫く吃驚して呆けたのも事実。叩かれた相手も暫く呆けてた。それでも、俺の口は馬鹿みたいに開いたまま、喉がヒュッと音をたてて空気を吸い込んで噎せた頃には、叩かれた相手、三橋廉は忽然と姿を消しているわけで。じんじんと痛む手のひらが殴ったのを事実だと物語っていた。自分の手のひらをこんなに憎いと思う日がくるとは数時間前の俺は思いもしなかっただろう。アイツの球を取ることができるこの手を、唯一憎いと思うことなど一生ないと思っていたのに。
 一頻り噎せ終えた自分を心中で叱責する。そしてパニックを起こしている脳内を整理する。いつものように帰ってきて、いきなり三橋に話があるって言われて、俺も大事な話があったから、最初は三橋の話を聞いていた。三橋の口からは思っても見なかった、別れようとか結婚がなんとかの話が出てきて、いつにも増して饒舌な三橋にカッときて、バチンと。それが数分前の俺。
 どこの暴力野郎だよ俺は。三橋が泣きもせず饒舌って時点で気が付けばよかったんだ。
 三橋が何か嘘を言っているときの癖だって。知ってるのに、余裕が無かった。としか、言いようがない。
 ポケットに突っ込んでいた箱に触れる。やることなんて一つしかない。三橋を探しに行く。
 なんて言っても、もう三橋と出会って9年。二人で暮らし始めて、早3年が経とうとしている。喧嘩なんてしょっちゅうで、今回みたいに叩くことなんてなかったけど、別れる別れないの危機なんて何度も繰り返してた。互いの行動パターンなんて分かりきったもので、すぐに三橋は見つかった。三橋を見つけて心底安堵した。今までのパターン上、アパートの近くの小さな公園のブランコに必ずいた。そして、今回も三橋はそこにいた。これで、ここに三橋がいなかったら。なんて考えたくなかった。だから上下する肩のわりに口許は嬉しさで歪んでいた。弛めていたネクタイをシッカリとしめ直し公園に足を踏み入れる。

「みはし」

 夜の静かな公園には些か大きすぎたか、そんなことを考えながらも足は三橋へと向かっていて、俯いたままの三橋の正面に立つ。点滅を繰り返す街灯にチカチカ照らされる三橋の綺麗な髪がキラキラと輝いていた。

「ごめ…なさ…」

 好きでいてごめんなさい。
 黙りを決めていた俺に、三橋の震える声音が沁みた。

「みはし…、」

 三橋のブランコをもつ両手がフルリと震えていた。俺は三橋の震える手に両手を重ねて、三橋の顔を覗き込むように地面に膝をつける。暗くとも分かる三橋の泣き顔と、赤く色付く頬。無責任にも泣きたくなった。

「三橋…ごめん、」
「あ…べく……っ」

 三橋の赤くなった頬に触れると一瞬三橋が顔を歪めたが、直ぐに頬を俺の手に擦り付けてきた。俺は堪らなくなってブランコごと三橋をかき抱いて、謝罪を連呼した。

「ごめんっ…みはし…本当にごめん…ごめんなさい、すみません……好きだ」

 最後は三橋の真っ赤な瞳を見ながら言って、擦ったのか赤くなった目元にキスをした。頬を撫でるのも忘れずに。

「みはし…手…貸して」

 首を傾げた三橋の左手をグイッと引っ張って、先程の箱を取り出す。少し乱雑に開いて中身を取り出す。

「あべく…それ…」
「ん、」

 思った通り三橋の薬指におさまったソレ。やっぱり似合うな。なんて、一人で納得しながら一息ついて、三橋を見上げる。案の定、涙をぼろぼろ溢してる三橋と目があった。少し笑ってから、頬を撫でる。

「男同士だと…結婚なんてできないってさっき言ってたけどさ……廉、俺と結婚してください」

 そう言った途端に三橋がブランコから俺に飛び付いてきて、地面に背中を少し打ち付けつつ、三橋を受け止めた。わんわん子どもみたいに声をあげながら鳴き始めた三橋に笑って落ち着くまで抱き締めて頭を撫でてやった。プロポーズの返事はそれまでおあずけだ。 箱が入っていた逆側のポケットを探り取り出したペアリングの片割れを空にかざすと、ふわふわの三橋の髪と一緒でキラキラと輝いた。



紅差し指で世界は輝く



(0816)
社会人(?)パロというか同棲パロ。というか、プロポーズの話。阿部さんはバイオレンスも萌えますが三橋に手を出さないと決めている男前な阿部さんも好きです。むやむやーっと喧嘩して三橋が「男同士は結婚できないんだよ!だから阿部くんは早く女の人と結婚しなよ!」みたいなことを口走り、バチコーンと叩かれたと。プロポーズしようと浮かれて帰った阿部にこの仕打ち。だから頭に血がのぼりやすい阿部くんは叩いちゃったみたいな、ね。あとがきながいな。
紅差し指とは薬指の別名。

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