この状態で眠れないなんて初めてだ。さっきから何度も瞼を閉じるもののその暗闇が心地好いものではなく瞼を開いては隣にいる人物を確認しなければ安心できない。もう暗闇に目がなれてしまって輪郭がぼんやりとみてとれる。相手がする呼吸と自分のする呼吸がずれていて息をするのが難しい。苦しい。…怖い。悲しい。
 昨日見た夢が、今の幸せが全部全部。怖いのだ。目頭が急に熱くなって胸もズキズキと痛む。夢の断片しか思い出せないが、自分の隣には赤崎がいないという、只のそれだけの夢だった。それが、とてつもなく悲しかった。起きたときにはやっぱり一人で暫く訳もわからず泣いた。そうこうしていたら食堂に誘うために部屋まで来た赤崎に泣いていたのがバレたのか赤くなった目の下をゆるゆると撫でられた。その手が優しくて泣いた。安心した。

「は…」

 口元に手を押し当てて呼吸を制御する。どうしてしまったのだろうかといよいよ起きあがろうとした瞬間、空気が変わって、耳に掠れたテナートーンが響いた。

「寝れねーの」

 ドクリと拍動を今更始めたのかと思うほど心臓がうるさい。掴まれた手の温かさに涙が零れた。

「また、泣いてんの」

 怖い夢でも見たんだろうと顔を近付け、額、瞼、鼻先、頬と何かを確かめるように唇を滑らせる。ぼろぼろと流れる涙に気付いた赤崎は目を閉じたまま眉をしかめて、唇で椿に触れる。グッと身体を引き寄せて耳元で囁く。

「泣いてる」

 泣きじゃくる子どもをあやすように背中を撫ですがり付いてくるのを待つ。それでも胸に顔を埋めるのを躊躇していた椿の頭を押して胸に押し付ける。椿は赤崎の胸元のTシャツを掴んでいた手を背中にまわしてギュッとTシャツを掴んで、赤崎に身を委ねる。こんなに現実は優しくて温かいのに、いつかは無かったことの様になるなんて。そう考えると涙が馬鹿みたいに溢れてくる。きっと赤崎は迷惑なのだこんな自分が、こんなにも女々しい自分が。

「何に泣いてんのか知らねーけど、俺は優しい奴でもなんでもないからな。お前が離してくれなんて生意気にも言いやがっても…俺はお前をどんなことをしてでも繋ぎ止める」

 今みたいになと、赤崎は椿の腰を引き寄せて椿の首筋に歯をたてた。

「過去も未来も知らねーよ。俺は今の…現実のお前の隣にいるんだけど」

 痛みが全身に駆け巡った頃には涙が止まっていて、首筋に舌を這わせる赤崎に擽ったいと椿は身をよじる。

「つばき…」

 返事をしようとしたら左手を掴まれて赤崎の唇が指先に触れる。指先、指の腹、付け根、手のひらに歯をたて、舌を這わして最後に薬指に唇を寄せて吸い付く。チクリとした後ジンジンと身体に疼くこの心地好い痛みを知っていると、暗闇の中では分からないが色付いているだろう薬指を椿は撫でた。

「ああ言ったためし、未来の予約なんて言えねーけど、」

 椿は赤崎の腕の中で嬉しそうに笑って与えられる幸せに今は浸りたいと、そう思った。


スリープレス

(110516)
スリープレス=眠れない
またもメンタル弱い椿くん。もっと暗くなるつもりでしたが、ザキバキは若いんだからこんぐらいでいいんじゃないかと。
薬指にキスマークつける赤崎の気障さに笑いが←

壱汰


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