喧嘩ならまだよかった。喧嘩が出来るってことは相手と対等でいられているんだって誰だったかが詠ってた。対等だなんてそんな大それたことは言えないけれど、曲がりなりにも恋人であるということ前提の対等。先輩としてプロサッカー選手として尊敬している。勿論人間としてだって彼のことを本当に尊敬している。

『なんで言いたいこと言えねーの、俺のこと恐いんだろ』
『そんなの恋人って言えねえだろ』

 先程言われた言葉があとからあとから頭の中を支配していく。お前が分からない。そう言われて俯いていた顔をあげた先のザキさんの顔が脳裏に焼き付いている。悲しそうな今にも泣き出してしまいそうな顔。初めてだった。いつも自信に溢れ堂々と目の前のことに挑む彼からは想像が出来ない顔。
 狡い自分は謝罪の言葉を吐き出して無我夢中でここまで走ってきた。もう辺りは薄暗くて辛うじて人の顔が認識出来るくらいだった。あまり知らない場所で、帰り道が分かるかななんてぼんやりと思ったけど、なんだか今は考えたくなくてフラフラとあてもなく歩いていた。

「つばき?」
「っ…」

 声をかけられて俯けていた顔をあげる。目を凝らそうにも涙が溢れて、咄嗟に俯く。直ぐにそれが間違いだと気付いた時には既に遅かった。溜まった涙が溢れてしまう。

「つばき…泣いてるの?」
「っ…」

 小さなその体がユラリと動いて顔を覗き込むというか見上げてきた。その顔はよく見慣れた顔で、今はビックリしたように顔を歪めていた。それも直ぐに視界から消えて、直後手をぎゅうっと握られた。

「つばき、そこ公園だから、いこ」

 うんともなんとも声を出せなくてそれでもその小さな手がとても温かくて、すがるように握り返した。日はもう完全に傾いていた。


「俺、今日喧嘩してきたんだ」

 小さな公園の小さなブランコをキィッと揺らしながら、幸太くんはポツンと言葉を宙へと吐き出した。これは俺に言っているのだろうなと、窮屈なブランコに座らされた時から曲げていた足をダラリと前に伸ばし、ブランコを揺らすことで返事とした。いま声をだすと情けない声が出てしまいそうだった。

「テッタのバカとさ……何て言うかよく覚えてないけど、喧嘩したんだよ」

 アイツいっつも俺のことからかうんだ。とか、今日は殴りあいじゃなかっただとか話して、俺はその喧嘩の内容をどこか羨ましく合図ちを打ちながら聞いていた。暫くして、全て吐き出したのか一度ため息をついてから、ブランコから降りて顔を覗き込んできた。

「で、椿は?」
「え」
「誰かと喧嘩したの?それとも別のこと?とりあえず話したらすっきりするって…今なら俺はテッタを許せる」

 そう言ってニィッと笑った。

「いや…俺のはなんていうか喧嘩じゃなくて…」
「あ、そーゆー系なんだ」

 サッカーのこととか怪我とかじゃなくて良かったと、くしゃりと顔を笑顔で一杯にして幸太くんはブランコの前にある鉄棒へと足を進めた。その後ろ姿に、俺が上手く言葉で気持ちを伝えられないから、相手を傷付けてしまったみたいで。悲しい顔させちゃって。でも喧嘩って感じじゃなくて。と、ズリズリと砂を靴底で擦りながら言う。幸太くんは静かに聞いていて、話終えた俺に、ふーんとだけ溢してから鉄棒へと腰かけた。

「椿はその人のこと好きなの?嫌いなの?」
「え、」
「嫌い?」

 嫌いな訳がない。俺は首を横に振る。幸太くんはへぇ。と足をばたつかせながら声を出した。

「それ、喧嘩って言うんじゃないの?ただの」

 言われた言葉の響きに顔をあげる。電灯に照らされた幸太くんの顔を見上げてから、首を傾げると幸太くんは不思議なものでもみるかのように此方を見ていた。

「好きだから泣いちゃったんでしょ」
「ない…」

 泣いてなんかいないと口にしようとしたが、確かにあの時泣いていたなと開いた口を静かに閉じた。その行程を見ていたのか幸太くんはニンマリと口角をあげていたが、すぐに大人びた顔を見せてきてドキリとした。

「大人って、表現の仕方が下手くそだよね。あんまり喧嘩しなくなっちゃって、だからフッとした時に爆発しちゃうんじゃない?」

 喧嘩の仕方はそれぞれだよ。大人になるとさ、お互いに興味がないと喧嘩なんてそうそうならないと思うんだ。だってめんどくさいじゃん喧嘩って。相手と長くいるから嫌なとこも見えて、良くなって欲しいとか自分ともっと一緒にいて欲しいから自分に近づけようとして喧嘩になるんじゃない?まあただ単にムカつくからって時もあるけどさ。とにかく大人はめんどくさいよね。椿の喧嘩の相手もそんな感じだったんじゃない?だって相手も椿もお互いに悲しいって思ったんでしょ。
 一気にそう言われて、この子の方が世の中を自分よりも長く生きているようなそんなような感じがして、目を丸めて見つめることしかできなかった。

「だからさ、やることは一つなんじゃない?」

 そう言ってから鉄棒から飛び降りて此方に手を差し出してきた。その小さな手に触れてブランコから腰をあげた。

「も、暗いね…送っていくから」
「え、マジで!?やりーっ」
「コータぁあっ」

 公園の入口から此方に走ってくる人影があって、幸太くん目掛けてそれは突っ込んできた。

「いったぁ!…え、あっ…テッタ??」
「お前変態に連れてかれるぞっ…ん?…おわっ?!椿っ」

 何度か王子からサインを貰ってきてと言う子で、幸太くんが喧嘩していた相手だった。

「おわー椿じゃん、なにしてんの」
「え、あ…」
「テッタお前俺に言うことは」

 俺の周りをぐるぐる回っていたのを幸太くんが阻止する。最初はコータも悪いとかなんとか言っては幸太くんに、なに言ってんのか聞こえないと言われて、最終的にはテッタくんの口から謝罪の言葉が出てきた。

「俺も悪かったよ」
「いや、主にテッタが悪いから、」
「なっ…そうだけどっ」
「ん、まあいいや。ごめんね」

 二人してふにゃりと笑顔になって何だか心がほっこりとした。それも束の間ジャリリと公園の砂を鳴らす足音が聞こえて肩を震わせてしまった。まさか、二人が言う変態か何かかと、二人の前に立って足音がする方に身体を向ける。

「え、なに変態?」
「や、違う…」

 二人の会話に次いで人影が電灯の下、此方に近付いて、漸く誰だか分かって二人よりも早くに名前を呼んだ。心臓がドキドキして痛いぐらいだ。まさかこんな所にいるはずがなくて、でも目の前には間違いなくいて、何故だか泣きたくなった。

「ザキさん」
「…携帯ぐらい持ってけよ、馬鹿」

 そう言って此方に向かって何かが投げられて、取り落としそうになりながらもキャッチすると自分の携帯で、着信を示すランプが光っていた。

「ザキさ…」
「先に餓鬼ども送っていくぞ、」

 餓鬼って言うな赤崎!と二人は公園の出口に向かうザキさん目掛けて走り出した。俺もそれに続いて、ザキさんの少し後ろを歩いた。テッタくんはザキさんの隣にいて、いつの間に仲良くなったのかなと不思議に思った。俺の隣には幸太くんがいる。

「ね、椿の喧嘩相手って、赤崎?」
「ん?…んー」

 喧嘩であるともまだよく分からないし、言っていいものかも分からないので曖昧に返事をした。

「ま、何はともあれ、僕は仲直りしたんだからね、明日練習観に行くからさ、仲直りしときなよ」

 もうそこだからと指差した先には八百屋さんが見えた。こんな時間になって怒られない?挨拶しようかと言ったけど、いつもこんくらいの時間大丈夫だし父ちゃんが騒いで五月蝿いから良いよと言われてしまった。

「本当にいいの?」
「うん!じゃーね、椿に赤崎!ほらテッタ行くよ」

 二人はあっと云う間にアーケードをかけていってしまった。残されたのは当たり前にザキさんと自分で、まだ人が通るアーケードをザキさんの少し後ろを歩く。ずっと無言で地面に靴底が擦れる音だけが耳に響く。
 人通りも電灯すら少ない寮への道に入って、ザキさんの服の裾を掴む。無意識だった。自分でも驚いて、勿論ザキさんも驚いたみたいで、パッと裾を離すと此方を振り返ってきた。電灯の真下だったからザキさんの顔がよく見えない。

「あ…えっと…」
「…悪かった」
「っ…」

 手のひらを合わされて耳元に唇を寄せられる。久しぶりにザキさんに触れるみたいで、胸がきゅっと苦しくなった。

「ごめん…なさい、俺…」
「お前が極度のチキンだって知ってたのにな、」

 焦ってた。ザキさんの片手が離れ、もう片方はそのまま握られたままで、止まった歩みを進め始めた。引っ張られる手を追うようについていく。ギュッと力を込められてザキさんは酷いこと言ってごめんと歩みを止めずに言う。自分はというと、また涙が溢れてきてごめんなさいを連呼していた。またザキさんは此方に振り返って、俺の顔をみて苦笑した。

「少しずつでいーから、言いたいこと言え、まあ喧嘩なんてしないぐらい合えばいーけど、そんな訳ねーんだからさ。」
「…喧嘩なんです、か」
「ちげーの?」

 首を振ってから、嬉しいですと言うと可笑しな奴だなと笑われた。それでもザキさんは手を握ったままでいてくれて、その手を強く握って、伝えたい2文字をザキさんの目をみて言うことに成功した。


喧嘩のち好き



(110418)
大好きなゆうむさんに始めてリンクはって頂いて捧げようと書いていたんですが、遅くなりました。ゆうむさんと物凄い前にテタコタとかキョーコちゃんとかザキバキとか色々お話させていただいたときから書いてて今さらできました(´ω`)亀すぎて嫌になります(´・ω・`)
テタコタなのかなんなのか。壱汰はテタコタ応援してますがキョーコ←コータ←テッタも好きです
とにかくザキバキと小さい子を絡ませるのが好きです。はい
ゆうむさんツイッターではお世話になってます。最近はあまり会えませんがサイト行かせていただいてます。これからもよろしくお願いいたします(^ω^)
ゆうむさんのみよろしければお持ち帰り下さいませ。

壱汰


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