「今度友達が結婚するんス」

 クラブハウスのロッカールームで、嬉しそうに話す椿。世良さんが大袈裟に羨ましいと叫んで、お前も結婚出来る歳なんだぞ。なんて言葉が地味に耳に残った。変に焦る椿を悪い先輩達が弄り始めたのを暫く眺めてから、帰るぞと一言声をかけてやる。すると助かったとでも言うようなホッとした表情を向けられて、口元が緩む前にロッカールームを後にした。後ろからの、待って下さいと言う声を聞きながら車に乗り込んだ。
 エンジンをかけて、音楽の音量を下げる。すると助手席側の窓ガラスを申し訳なさそうに椿の手がコンコンと叩く。顎だけで早くしろと伝えるとまた焦ったように椿が助手席に滑り込んだ。

「ごめんなさい、ザキさん」
「お前がトロいのなんて分かり切ってる」
「う…」

 いーからシートベルトをしろと車を発進させながら言うと、隣でバタバタし始めた。おかしいついでに助手席の窓を全開にしてやると、思いのほか生温い風が押し寄せてきたらしく必死に助手席の窓を閉めていた。期待を裏切らない奴だとボソリと言うと太ももを申し訳程度に叩いてきた。その手をギュッと握ると驚いたのか、ひえっと変な声をあげた。それを無視して掴んだまま、赤を示す信号の手前で止まる。エンジン音も止まりシンとする。

「結婚するんだって?」
「へ…ああ、そうなんスよ」
「同い年?」
「はいッス」
「20…か」
「ッス…」

 赤から青に変わった信号に自然と手を離した。目的地に向かう道すがら一言も喋らず、音楽に二人して耳を傾けていた。ふと、沈黙が苦じゃなくなっていることに気が付いて、今更ながらに感心した。椿を盗み見るついでに音量を上げた。

 海に行きたい。なんて言う椿を連れて最近開放された海水浴場に訪れた。午前様にも関わらず車を停めるのに少しだけ時間が掛かり案の定どこもかしこもカップル。あとはグループで花火をする姿がみられる。

「塩の香りがするっス」

 意外にも沈黙を破ったのは椿の方で少しだけ驚いた。当たり前だ。なんてことは言わないで、そうだなと呟いて、打ち上げられる波に耳を傾けつつ、人気のない端っこの階段の最下段に座り込んだ。椿はというと黙って宙と海を交互に眺めていた。

「…お前も結婚出来んじゃん」

 自分でもそんなことを言ったことに驚いたが、椿も一瞬驚いた顔をして砂浜をジッと見つめていた。俺はそんな椿の横顔を見つめる。

「…そういうザキさんこそ、もうしててもおかしくないっス」
「……しててほしかった?」

 意地悪だったか。椿は押し黙って、サンダルを脱いで砂浜を蹴った。月明かりに仄かに照らされた鍛えられた足の白さに少しだけギクリとした。サラサラと白い砂が舞う。隣で、なんにも言えないじゃないッスかと小さく呟いた椿の手を掴む。顔を上げた椿の顔が今にも泣きそうで、軽く眩暈がしたのは本当のことで、顔を近付けて、触れるだけのキスをする。やっぱりそれだけじゃ足りなかった。外だとか、人がいる、いないとか、そんな理性はとうに消え去っていて、つくづく自分は呆れた男だと思った。
 唇を食んで舌を口腔に捻じこむと、一瞬怯んで引っ込めた舌がおずおずと絡む。椿のくぐもった声に興奮を覚えつつも、最後に舌先を吸い上げて唇を離した。目の前には肩で大袈裟なくらい息をして半泣きの椿。一瞬恥ずかしいのかなんなのか顔を歪めて俺の腹へと頭から突っ込んできた。地味に痛い。

「なっ…なっ…なにするんスか」

 声も体も震えていて笑ってしまった。

「や、つい」
「ついって!…ここ、外ッス」
「暗いから見えねーって誰もいねーし」
「そっ…いう問題じゃないッス」

 頭で俺を押しつつ椿はそのままの体勢でぶちぶちと文句を垂れ始めた。掴んでいた手はいつの間にかしっかりと組まれていることに椿は気づいていないのだろう。手のひらが汗ばんでいて滑るのをもう一度ギュッと力を込めることで密着させる。

「ザキさんは…いつも唐突ッス…心臓もたない、勝手だし、意地悪だし」
「酷い言われようだな」
「話聞いてないと思ったら聞いてるし、聞いて欲しいとこで無視するし」
「お前も大概そーだよ」
「先輩だし、男だし」
「おう」
「俺のこと本当に…好きか分からなくなるッス」
「…」

 黙りを決め込むと暫らくしておそるおそる顔を上げた。至極心配そうな顔。そんなに俺はお前を不安にさせてるんだなと苦笑せざる負えない。安心させるわけではないが、椿の頭を撫でる。犬みたいだ、なんてことは言わない。

「俺が知ってるお前は、案外したたかな奴だ」
「したたかって…」
「俺がお前の事好きだって確信あるから聞いてるだろ」

 口の端をニヤッとあげて笑ってやる。椿は初めこそキョトンとした馬鹿っぽい(失言だ)表情を向けたが、みるみる間にいつものキョドリを披露してくれた。

「まあ、お前は俺にしとけって」
「……へ」
「俺の捻くれについてこれる奴はお前ぐらいだしな」

 おおよそいつもはしないような事、言わないような言葉を投げかけ続けた俺は気分がハイになっているようだ。

「結婚式終わったら迎えに行ってやるよ、」
「え、」
「で、そのまま結婚するか、俺らも」
「なっ……」

 ザキさん、テンションおかしいっスと椿がおかしそうに笑うので、俺もつられて笑った。その後に椿の耳元で、冗談じゃないから考えとけと言って、帰るかと立ち上がると、服の裾を引っ張られて体勢を崩す。そのまましこたま尻を石段に打ちつけて息が詰まった。

「っ…いっ…」
「ザキさん狡いっす…」

 首筋に息がかかったかと思うと、あろうことか。…吸われた。

 掌で押さえながら後ろを振り向くが、既に犯人である椿の姿はおらず、走り去る影のみ。
 チクリと痛む首筋を摩り、椿の投げ出されたサンダルを持って立ち上がる。きっと今の自分は締まりのない顔をしているのだろう。車の鍵は持っている。きっと車まで行って隠れるところが無いわ、周りはカップルはいるわ、裸足で走っているわで、また走って戻ってくるのに一票。と、くだらない賭事を一人でしながらもう一度首筋に残るであろう痕を優しく撫でた。


メリーミー




(141208)
本当にお久しぶりです。
この夏にあげるつもりだった似非プロポーズザキバキ。夏のお話です。
もう冬だなんて…。
とにかく、ザキバキは変わらず愛してます!


壱汰
 
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