「いつから、女が駄目になったんだ」

 椿は壁に背を預け首をことりと傾けて赤崎を見つめた。赤崎は濡れた髪の毛をタオルで拭く。赤崎の言葉に椿は両膝を立てたままゴロンとシーツへと体を沈めた。シーツからは赤崎の匂いがしてそのまま目を瞑る。

「永田さんに…悪いことしちゃいました…」

 椿は質問に答えるでも無く呟いた。



いつか来るその日がせめてできるだけ先になるよう



 今日は飲み会で、気晴らしとのことで有里も参加した。席は椿の隣。これが椿にとって最悪だった。
 酒が入った有里は椿に絡み、それを見た若手とベテラン組二名は椿と有里がデキテいると騒ぎ立て無理やり二人を触れ合わせた。椿が有里に触れる度にビクビクと震えるのが可笑しいと何度も何度も繰り返される。手を握らせたりすれば暫く震えが止まらず冷や汗がドッとでる。
 ヤバイと思ってトイレに駆け込んで息を整える。
 鏡に映った自分の心底情けない顔を見て涙が出た。カチャリと音がして洗面所に赤崎が顔を出した。

「大丈夫かよ」

 その言葉にハイとだけ答えたら、帰るぞと手を握られた。それだけで不思議と吐き気は無くなって頭痛も収まってきた。

「仕方ねーな、俺はまだ飲み足りねーけど」

 赤崎の手の温かさと優しさがジンワリと身体中に浸透していく。そのまま強引に引っ張られる手を見つめ後を追う。
 でも、トイレから出てすぐに赤崎の手が離れた。名残惜しくて赤崎の手を見つめていたので、赤崎が止まったことに気がつかずに背にぶつかった。そのまま前をみる。

「あ」
「椿くん、大丈夫?ごめんね、あたしお酒入るとテンション上がっちゃって…」

 目元が潤んで頬は赤くなって、普通の男なら彼女のことを可愛い、って思うはず。じゃあ俺はなんなんだろう。
 頭の中がぐちゃぐちゃで眩暈がする。四肢を折り曲げて床に嘔吐する。食べ物が喉を通らなかったから出てくるのは胃液だけで、あまり量は出なかった。
 カツカツとヒールの音がして背を摩られハンカチを手渡される。それすらも、恐怖で、柔らかい優しい手を振り払ってしまった。

「あ、ごめ…なさ…うっ」
「喋るな、目潰れ。」

 耳鳴りの中に赤崎の声が混ざって、少しだけ安定する。口元にタオルを押し付けられて次いで、浮遊間。知らぬ間に赤崎に助けを求めていたのか、今は赤崎の背に身体を預けていた。

「え!椿大丈夫かよ?!つーか赤崎、おぶってかえんの?」

 世良さんの声がキンキンと頭に突き刺さる。吐きそう。でも吐けない。吐きたくない。グッと我慢して呼吸を整える。

「寮近いスから……すんません、拭くのは拭いたんスけど、消毒とかお願いします…」

 そんな冷静な赤崎の言葉を聞きながら、椿は揺さぶられ、吐く吐かないの葛藤を寮まで続けた。
 寮に入って赤崎の部屋に着くと、すぐに風呂場に押し込められて吐きたいもん吐いてこいあとシャワー浴びろとだけ告げられた。出て行こうとする赤崎の服を椿はぎゅうぎゅうと引っ張る。その手が震えているのをみて赤崎は深いため息を吐き出して、Tシャツを脱ぎ捨てて、時計をとり、ズボンに入っていた携帯と財布を洗面所に投げる。浴室に座り込んでいる椿のズボンの後ろポケットから携帯と財布を抜いて同じように投げた。
 乱暴にシャワーヘッドを引っ掴み、椿に頭から水をかける。ボーッとしている椿の顎を掬い口の中に水を勢いよく噴射する。

「吐かねーなら、せめて口ん中洗え」

 噎せるのもお構い無しに水をかける。鼻にも入って息が出来ずに、げほげほと噎せ、鼻水と涙でぐちゃぐちゃな椿の顔をみて赤崎は満足気に笑うと半開きの唇にキスを落とした。舌を少しだけ絡ませてから椿の耳元に移動して穴に舌をいれながら呟く。

「酸っぱい…お前の舌」

 赤崎の言葉にくすぐったそうに身をよじって、今度は椿から唇を寄せる。するりと赤崎の指がTシャツの上から突起を弄る。それだけでフルフルと小刻みに震え、いやいやと首を横に降る椿が可笑しくて、キスしながら笑う。

「「処女みてぇ」」

 赤崎の言葉が別の声とリンクして、ドクリと心臓が跳ねた。息が上がる。空気が上手く肺に入っていかない。苦しい。苦しい…。
 周りの音がなにも聞こえない。自分の心臓の音だけが響く。ザキさんに揺さぶられているのもスローモーションで見えて、色もない。とにかく苦しくて涙がボロボロと溢れる。目の前のザキさんにしがみ付く。爪が肉に食い込む。離さなくちゃいけないのに、助けを求めて縋ってしまう。息が吸えない。吐き出せない。苦しい。嫌だ。

「ザキさ……ひっ…っ……っ」
「落ち着けっ…くそ」

 赤崎は椿の顎を掴み鼻を指で摘まんで、口を唇で覆った。できるだけゆっくりと息を吹き入れる。ギリギリと掴まれた所に爪が食い込んで引っ掻かれて肉が割かれる。その度に苦しそうに呻く椿の背を撫でて、たいしたこと無いから、帰ってこいと合間に呟く。

「はっ…ひゅっ…げほっ…っは…」

 ひゅうひゅうと喉の奥から空気が抜ける様な音が響く。脱力した椿の背をもう一度撫でてから服を脱がしてタオルで簡単に拭いて抱き上げる。

「体重も身長も対してかわんねーんだからな…馬鹿」

 そう言うと腕の中の椿が少しだけ笑ったように身体を震わせて、よかった生きてた。なんて、思ってしまった。


 ベッドへと放り投げられてTシャツと下着を投げてよこされた。それを大人しく見にまとって、脱力感しかない身体を壁に預けた。
 簡単にシャワーを浴びてくるからなと、冷えた水を手渡され、タオルで髪の毛を簡単に拭かれた。残りは自分でやれよと、タオルの隙間から見えた赤崎の顔は至極優しいもので胸が痛くなった。ああ、この人はいつまで俺に優しくしてくれるのだろうか。そんなことを思って目を瞑る。こんなに人を好きになったのも、女性が駄目になったのも、過呼吸の発作がで始めたのも、同じ時期だった。

 特別、男性が好きなわけじゃなくて。たまたま大好きだった先輩に好きだと言われて、付き合い始めたのがきっかけだった。でも、その先輩にすぐに彼女が出来た。それでも先輩は俺のことを好きだと言ってくれた。三人で会うことも多くなった。それでも、先輩といられるならなんでもよかった。でも、彼女はいつのまにか、俺のことが好きだと言い始めてしまった。
 俺はすぐ断った。もう一緒にいては駄目だと思った。なのに、彼女は諦めてくれなかった。
 目を瞑るとあの光景が蘇る。俺の上で動く、酷く柔らかくて白い肌。甘ったるい声。匂い。あの時は媚薬なんてものがあるなんて、俺の知識じゃあ到底知り得なかった。だから、女性に自分から腰を振るなんて考えられなかった。けど、男だったんだって、実感して、虚しいのかそうじゃないのかよく分からない思考に陥った。
 でもすぐに大好きな先輩の愕然とした顔を見て、俺は泣いて助けを求めた。先輩は俺を追い出すんじゃなくて、彼女を追い出した。それが嬉しかった。そのあと、始めて男の人を知った。童貞も処女も一緒に無くしたなって。何度も言われたっけ。それから先輩は俺と女の人を比べるようになった。処女みたいにビクビクするのが好きだとか処女みたいに締まるとか。いっそ女になればって。それでも幸せだったと思う。女の子の代わりでもそばにいたかった。俺は男だけど男の本質は持ってない中途半端なものだと愕然とした反面、嬉しかったのかもしれない。

「椿、」

 声をかけられて顔をあげた椿の前には髪の毛を拭く赤崎。そのタオルの間からこちらを見ているのが分かって、椿もジッと見つめる。それに一瞬戸惑ったように視線を彷徨わせた後、もう一度椿に視線を投げてよこした。

「いつから、女が駄目になったんだ」

 椿は赤崎の言葉に首を傾げてから、そういえば有里に悪いことをしたことを思い出して、思っていることをそのまま呟いた。

「永田さんに…悪いことしちゃいました…」
「…ンなことどーでもいい。いつから…」

 その答えが気に入らなかった赤崎は、ベッドに沈み込んだ椿に覆いかぶさり顔を覗き込む。パチリと目を開いた椿が微笑んだのになぜかギクリとした。ぬるりと手が伸びてきて頬に触れる。指先が氷のように冷たかった。

「…好き…です…」
「…つばき……」

 赤崎は椿の手首を掴んでベッドに押し付けながらキスを求める。椿はそれに応える。

「お前の目の前にいるのは、俺だってちゃんと分かってんのかよ」

 赤崎の問いに椿は困ったように眉を下げてから自分から赤崎にキスをせがむ。

「嫌ってほど…分からせればいーか」

 赤崎の唇が唇から下へと下がっていくのを感じながら椿はボンヤリと天井を見つめる。分からないはずない。こんなに幸せなのに。それでも、この幸せがいつ無くなっても大丈夫なように、心に制御をかけておかないと、次こそ壊れてしまうから。
 男にしかない性器を口に含まれて身体がビクビクと痙攣する。それに気を良くして溝に舌をねじ込んでくる。快楽に口を覆って耐えていると、手を乱暴にのけられてキスされる。
 抱き方が似ているなんて、なんて嫌な因果。

「でも、ザキさんになら、壊されても…いーです」

 先輩にはあげられなかったものも、ザキさんにならあげられるかもしれない。それで壊されても、文句は言えない。

「?……なんか、言ったか?」
「いーえ、ザキさん…」

 何でもないですよ。と、椿はまた赤崎にキスをせがんだ。

(あなたになら、喜んで壊されましょう。)


(120917)
要するに何が書きたかったかというと、女嫌いな椿で、過去にもにゃもにゃあった話なんですけど。とりあえず女の人見て吐いちゃう椿書きたくてごめんなさい!
過去の話は、もう一個すごく書きたいものがあってですね。しかし椿が可哀想すぎて壱汰鬼畜!と言われても仕方が無いもので今回はこっち。
というか、椿黒いですけど。赤崎の方がもっと真っ黒だとおもうんですこれ。黒い子に染められたらもう取り返しのつかないことになってるのは赤崎本人だと!とか妄想。

サブタイトルは、椿さん実は童貞じゃありませんでした\(^o^)/じゃないかと赤崎的に←
なんかここいらで明るい話書きたいです。シリアスばっか。本人超楽しいんですけどね←
三連休は別の話を書くつもりだったのですが、全く違うものをあげてしまったなんという

thanxs title→確かに恋だった

壱汰
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