05
 夢を見た。ザキさんが優しく俺の頬に触れてくれる。前髪を梳いて、笑ってくれる。ひんやりとしたザキさんの手のひらが気持ちよくて擦り寄ると、額にキスを落とされた。ああ、幸せだ。なんて、思って目が覚めた。
 簡易カーテンから差し込む光がもう朝だと告げていた。投げ出された携帯を見つけて開くと、もう11時を過ぎていた。椿は頭の痛みに眉を顰める。自分を責めるかのような頭の痛みが心地よかった。もっと、内からも外からも自分を痛めつけて欲しいとさえ思う。今日が休みで本当によかった。そんなことを思いながら椿は痛む頭を押さえて体を起こした。

「…昨日……」

 考えるだけで頭が痛い。椿はベッドへと逆戻りし古びた天井を見詰めた。
 もう、終わったじゃないか。何もかも。世良さんがザキさんのことをどう思おうが、ザキさんは世良さんが好きなのだ。自分が首を突っ込んでいいはずがない。昨日の自分は兎角どうかしていた。おこがましいにも程が有る。

「起きよ…」

 そういえば、今日は宮ちゃんと買い物に行く日だった。よく見れば携帯の呼び出しランプが点滅している。電話かメールか、見て返すよりも動いた方が早い。
 椿はベッドから起き上がり、服を着替え、タオルと歯ブラシを持ち部屋を出た。隣の宮野の部屋をノックすると、宮野が焦ったように出てきた。宮野のごめん今起きたという顔に椿は笑ってしまった。

「俺も、今起きたとこだよ。顔洗いにいこっか」
「わりー、昨日ゲームしすぎちゃって…」

 宮野と他愛の無い話をして気分が浮上する。今までずっと張り詰めていた糸がプツリと切れて、穏やかな日常が戻った。そんな気分だった。本来の自分はあんなに人に固執しなかったはずだ。楽しく、友達と過ごすことの何がいけなかったんだろうか。何を求めていたんだろうか。もう、考えたくない。

「あれ?椿、なんか顔赤くない?」
「え、そんなことないよ?」
「椿っ」

 心臓が止まるかと思った。持っていたタオルと歯ブラシを落としてしまった。久しぶりに呼ばれた自分の名前が、誰か違う人のもののようでどうしたらいいのか分からなくなった。ここで振り向いてしまえば、また、考えなくてはいけない。頭が痛い。苦しい。嫌だ。
 足が震えた。気付いたら宮野の後ろに隠れていた。顔を見たらいけないとガンガンと痛む頭が警報を鳴らす。

「えっ…え?なに…え?喧嘩?」
「椿っ…話があるからちょっと来いって」
「おれ…宮ちゃんと出掛ける予定があるのでっ…話すことなんてないッス」
「いーから来いって」
「嫌ですっ」

 腕を掴まれる。手から伝わる温度が熱い。涙が零れた。どうして、この人は俺を放っておいてはくれないのか。

「ちょーっと…ザキさん…あの、椿がだいぶ嫌がってんですけど…」

 宮野が椿を庇うように体制を直したのに、赤崎は片眉をピクリと上げた。いつもの自分ならばここで怒鳴り散らしているだろう。でも今は、その時間さえ勿体無い。赤崎は椿から手を離し一歩下がって宮野と椿を見詰めた。

「…悪い、宮野……こいつ熱あるんだ。買い物はまた別の時にしてやってくれ、頼む」

 赤崎の言葉に宮野は至極驚いた顔を見せた。こんな赤崎は始めて見たからだ。後輩に頭を下げる事なんてしそうにない赤崎が自分に頭を下げてきた。驚かないはずがない。宮野はチラリと後ろの椿を見やった。どうしてそれを知っているのかというように目を丸くした、赤い顔をした友人を見て、宮野はため息をついた。

「…え…あー、そういうことなら…」

 目の前に縋っていた宮野がいきなり消えたことで椿は前のめりになったが、そのままぐいぐいと手を引っ張られることでこけることはなかった。目の前にはツートンの後ろ頭。どうしても自分を解放してくれないその人がいた。涙が後から後から溢れてきて、嗚咽がこぼれる。この涙が、嫌悪からの涙でないことぐらい椿には分かっていた。そんな自分が情けなくて余計に涙が溢れた。


(140105)


prev next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -