クロを服のなかに押し込めて、空をもう一度見上げる。嗚呼、降ってるななんてポツリと呟いてから足を踏み出す。身体をすぐに土砂降りの雨が埋め尽くす。それがなんだか心地好いのか切ないのか全く訳のわからない感情に押し寄せられながら一歩一歩泥濘を進む。なんだか世界に、責められているようなそんな感覚が、かえって気持ちいい。責めてくれればいいのだこんな自分を。サタンの息子である俺を。悪魔である奥村燐を。

「奥村くんっ」

 いきなり肩を掴まれて振り向くとピンク色が視界の端で揺れた。

「し…ま?」

 ふ、と気がつくと雨が止んでいた。と、思ったら傘がさしかけられているんだと、ボンヤリと志摩の顔を見て思う。整えられた眉がつり上がっている。

「なにしてはるの、」

 痛いくらいに握られている腕と志摩の顔を交互に見る。怒っている。志摩の笑う顔の次によく見るのは怒っている顔だなと無性に悲しくなった。

「濡れてるやないの。なんで、こないなことするの」

 志摩が怒っているのが全く分からなくてどうしたらいいのか分からない。とりあえず傘が此方に傾いているので志摩が濡れているのが凄く気になる。視線で分かったのか志摩が小さく舌打ちして、傘をとじて手を掴んだまま走り始めた。必然的に自分も走らされるわけで。志摩の雨に濡れたピンク色が濃くなって嗚呼勿体無いなと見詰めていた。



 連れてこられたのは志摩の寮の志摩の部屋で初めてじゃなかったけれど、何故だかいろんな意味でドキドキしていた。怒っている志摩は予測不可能だから。

「俺、嫌やよ奥村くん風邪引くの」
「おれ、風邪ひかないよ」

 だって悪魔だし。その言葉は飲み込んだ。これを言うと志摩は絶対にいまよりもっと怒って口を利いてくれなくなる。そんなの嫌だ。今だって此方を向いてもくれない。狭い玄関で二人してずぶ濡れで身動きも取れない。

「奥村くんが消えはるのなんか嫌やよ、なんで分かってくれひんの」

 志摩の背中をボンヤリと見つめる。シャツが透けていて下に着た派手なTシャツがよく見える。ポタポタとピンク色から滴る水がシャツに吸い込まれていく。いつの間にか服から這い出ていたクロが足元で猫みたいに鳴いた。

「…ん、ごめんな」

 後ろからギュッと抱き締めると志摩の冷えた身体がふるっと震えた。嗚呼こんなにも冷えてしまっている。体温を分けるようにぎゅうぎゅうと力を込める。背中に額を擦り付ける。

「泣くなよバカだな」

 お腹に回した手を志摩の冷たい手がぎゅっと握ってきて少しだけ笑う。

「泣いてはるのは、奥村くんやないです、」

 鼻を啜る志摩の心地のいい声に瞼を閉じて、そうかも。と呟いた声は土砂降りの雨の音にかきけされてしまった。




雨の日、桃色、傘ひとつ
(なんだ、恐いもの無しじゃん、)


(0613)
梅雨ですねー雨ですねー志摩燐ですねってことで、シリアスチックな志摩燐です
雨が苦手だとわかってない燐とか。雨に濡れる燐が今にも消えちゃいそうで臆病な志摩とか。
どうでしょうっ←

壱汰



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