(※家族設定)


「あーめんどくせえ」
「何が?」
「父母参観…なんだって父母なんだよ。普通の参観で良いじゃねえか」
「わかったから。いつまでも文句言ってないで早く支度してよ」
「わーってるよ」


ソファーに座ってついさっき起きたばっかの旦那さんがテレビを見ながらぶつくさ文句を言っている通り、今日は愛息子の幼稚園に入ってから初の父母参観日である。あの子、朝から張り切っていたからきっと今日が楽しみだったんだろうなあ。「なんで俺があんな奴の為に」「こら!あんな奴とか言わないの!」「へーへー」まだぶつくさぶつくさ言ってるけど、明王はなんだかんだ言ってあの子の事が可愛くてしょうがなかったりする。いつも気にしてない素振りをしてる癖に、あの子が暇してたら「サッカーするぞ」と言って構いに行くんだもの。ほんと昔っから天の邪鬼な所だけは治らないわね。


「ほら、もう行くよ?」
「ああ」



車を走らせて10分ちょっとで幼稚園に着く。車を降りて鍵を手慣れた手付きで閉めるその動作は今も昔も変わらなく、しかも昔とは違いふさふさになった髪型の所為で余計にかっこ良く見えて思わず見惚れてキュンとしてしまう辺り、私もまだ乙女なんだなとしみじみ思う。


「あ?なんだよ」
「ううん…なんでもないよ」
「ふーん」



私達が教室に入って来たのを確認するや否やふさふさの髪を揺らしながら小走りでこっちに来て私に抱き付く愛息子。この子はパパの明王に容姿がそっくりでまるで明王を小さくしたみたいな子。容姿で私に似た所なんか睫毛が多い所くらいかしらね。


「もー遅いよ!」
「ごめんごめん。パパが支度するの遅くって」
「おい何してんだよジジイ」
「誰がジジイだって?あ゛?」
「お前しかいないだろ!」
「あ゛あ゛?」
「あと何回も言うけど母さんは僕のなんだからね!」


「はあ?名前は俺のに決まってんだろ」そう言って後ろから手を肩に回され抱き寄せられる。「ちょ、ちょっと!」私に抱き付いたまんまの息子と私を抱き寄せたまんまの明王で啀み合いをする二人。それを見ている他の親御さんに「良いわねえ…私もあーやってされたいわあ」とか言われる始末。「あーもう!恥ずかしいから止めなさい!」「「…ちっ」」私が怒ったら同時に舌打ちをして離れていく二人。「はいはーいみんな席に着いてくださいねー」そこで担任の先生が良いタイミングで入ってくる。当然、この子も席に着かなければならないから拗ねた顔しながらも私から離れ、席に向かっていく。ふぅ…やれやれ。


「皆さんおはようございます!」
「おはよーうございまーす!」
「父母の皆さんもおはようございます」


「えーでは今日はみんなの家族についての作文を発表してもらいます!」え?家族についての作文?あの子に「なにやるかは参観日まで教えないからね!」と言われ内容を知らされてなかった私は驚きの反面、あの子…作文なんて一人でちゃんと書けたのかな?と心配でヒヤヒヤしてきてしまう。


「それではまず誰から発表しますか?」と先生が言った瞬間に皆が一斉に「はいはい!」と自己主張しだす。勿論、我が子も。「じゃあ一番声が大きかった不動くん!」大きな声で「はい!」と言って立ち上がる後ろ姿はやはり明王に似ている。題名と名前を言ってから発表が始まった。どんな内容かな?と心配しながらも楽しみにしていたら開口一番に「僕のお母さんはとっても可愛いです」と言われ思わず小さな声で吹いてしまう。全く、拍子抜けも良いところだ。一体何を書いたのよ…あの子は。


「お母さんが作るご飯やお菓子も美味しいし優しい可愛いから僕はお母さんが大好きです。とっても自慢のお母さんです!」


私の事をべた褒めされ、条件反射で思わず顔が赤くなった瞬間に隣から舌打ちが聞こえた。「でも、僕のじじ…ゴホン…お父さんはすっごくうざい奴です」とあの子の言葉に隣から今度は舌打ちじゃなくて「あ゛?」と聞こえた。


「いっつも僕からお母さんを取るし、見た目も怖いのに怒ったらもっと怖いし全然優しくなんかないです。良いところなんてサッカーが上手いところしかないです」


「あいつっ!」と怒り出す明王に「まあまあ…落ち着きなさいって」軽く笑いながら牽制する。


「でも僕は昔、サッカーで日本一になって世界に行ったお父さんを誇りに思います。うざくて意地悪ばっかりするお父さんだけどたまに優しいところが大好きだったりします」


「ふふっ…大好きだって」「…う、うるせえ」あの子の予想外の言葉が嬉しかったのか、はたまた恥ずかしかったのかそっぽを向いてしまう明王。「可愛いお母さんにかっこいいお父さんが居て僕は幸せです!終わります!」と言って作文としては至極短過ぎる作文の発表が終わった。



私の好きな音楽が小さな音量で流れているのと、思わず眠気を誘う様な揺れ方で走行していてとても心地好い車内で、先ほどの参観日の事を思い出す。なんだかんだで可愛かったなあ。思わずにやけてしまう辺り、私は親バカなのだろう。そんな私の肩をとんとんと優しく叩いて「ねえ母さん」と男の子にしては可愛らしい声が私を呼ぶ。


「んーなにー?」
「僕、弟が欲しい」
「弟?」
「うん弟!一緒にサッカーしたいんだ!」
「ふふっ…サッカーならお父さんが居るじゃない」
「だって僕一人じゃ父さんに勝てないんだもん」
「ハッ!この俺様がお前に負けるわきゃねーだろ」
「うるさい…昔ハゲてた癖に」
「今、それ関係ねえだろうが!」


口の両端に人差し指を入れ、横に引っ張って舌を出して「いーっだ!ハゲハゲ」と言うこの子に「んだとこのませガキ!」と左手だけをハンドルから離し、鼻を容赦無くつねりだす。子供相手にそこまでムキにならなくても…。と言う私の願いも虚しく、更に仕返しするこの子にまた更に仕返しする明王。……はあ…大人気ない。



「てめえっこのっ!いい加減にしろや!」
「うっさいぞハゲ!」
「っんのやろぉ!」


家に帰ってからも、まだ啀み合いをしている二人を横目に私は静かにテレビを見ながら珈琲を飲む。ったく…どこの世界に啀み合いながら鼻フックをかまし合いする親子が居るんだか。二人共、鼻取れちゃいそうだ。


「あだだだ!離せこのっ!」
「テメーが離せや!ボケ!」
「もう……二人とも止めなさいって…危ないから」
「母さんは渡さない!」
「名前は渡させねえ!」


渡さないなんて言ってくれるのは嬉しいんだけども、そんな鼻フックをかまし合いしながらの凄い剣幕で言われても…ねえ?


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