浦原に用事があり、現世に降り立った時と同時に嗅いだ事のある懐かしい香りが私の鼻をふんわりと掠めた。その香りの正体が何かは分からなかったが、名前の香水の香りと似ていた事は明らかで。あの頃に戻ったかの様に記憶がフラッシュバックして名前に会いたいという気持ちが胸を駆り立てた。それはまるで夢遊病の様な感覚で、その場で名前との思い出を懐かしんでいた筈なのに気付いたら私は空座第一高等学校の校門に居た。


「…久しいな」


ついこないだまで、私が名前や一護達と通っていたこの学校。私はもう空座町の担当ではなくなってしまったから、当然この学校にも通わなくなってしまった。ああ…ちゃんと名前にお別れを言っておけば良かったな。今では最早あのクラスメートは勿論、名前も私の事を忘れてしまっているのだ。だから、お別れを言っても無駄だとは思うがそれでも言っておきかったと少し今になって後悔している。覚悟はした筈なのだが、改めて考えると寂しくなってしまったなんて名前に言ったら笑われてしまうな。


「名前」


元気にしておるのだろうか。まあ、名前の事だ。落ち込んでいる事はないな。
足を校舎の近くまで運び、私が居た、名前達が今も過ごしているクラスがある方向を見やると窓際に名前が居た。


「変わっておらぬな」


いや…髪色が綺麗な黒色になったか。名前は髪色を変えるのが趣味だったからな。最初会った時は、紫色でそれを整髪料という物で髪を紫色に出来ると聞いて酷く驚いた記憶がある。

なんて思い出してると、先ほどのフラッシュバックよりももっと沢山の名前との思い出が頭を巡り始めた。ああ…どれも懐かしい。鼓膜を揺するチャイムの音も、授業中に名前と抜け出して大きな木の下で肩を並べ昼寝した事も、いつも私の隣には名前が居た事も、どれも楽しかった記憶ばかりで全てが夢の様だ。


名前に会って話したい事が山ほどある。だが、私が会いに行った所で名前には私が誰か分からぬのだ。行っても、虚しくなるだけだから意味はない。


「でも、」


やはり会いたいぞ。隣に名前が居ないのはどうも居心地が悪くてしょうがないのだ。

不意にまた名前を見やると、名前と視線が絡む。いや、そんなまさかな。名前と視線が絡むなんてきっと私の気のせいだ。会いたいという思いが強過ぎてそういう気がしただけだ。それに今、私は義骸に入ってないのだ。名前に見える筈がない。
そう思うのに、心は名前に覚えていて欲しい見えていて欲しいだなんて思ってる。全く未練がましい奴だな私は。


すると空から紙飛行機が飛んできた。名前が投げたのだろうか?私が居る場所から少し離れた所に着地した紙飛行機に近付いて、中を開けるとそこに何やら一言だけ文字が書いてあった。


ルキアだよね?


ああ…覚えていてくれた。それだけがただ嬉しくて、双眼から涙が次から次へとだらしなく大量に流れていく。鼻水が出て来ようがお構い無しだ。そんなぐちゃぐちゃな顔で、慌てて名前の居る方向に顔を上げれば、名前が笑って小さく手を振っていた。


何故、名前が私を覚えていたのか。何故、名前に私が見えたのか。そんなのはどうだっていい。
今は早く名前に触れたい。ただそれだけだ。


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テーマ「人外ファンタジー」
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