冷たい風がゆっくりと流れて頬やショートパンツから出ている足を刺す。いくらレギンスを履いていると言ったって、この寒さからは逃れる事が出来ない。うう…寒い…。こんな格好して来るんじゃなかったと今になって後悔が押し寄せる。

この寒空の下、1時間半もモヒカンらーめんの店先で鳥の巣頭の彼氏に待たされている。つーかなんで待ち合わせの場所がモヒカンらーめんなのよ。ムードもへったくれも合ったもんじゃない。鮫は寒かったら中に入れって言ってたけど、中に入る事はどうしても気が進まず、今もこうして健気に店先に居る。だって、このモヒカンらーめんの店主の哲也とは武装関係の友達だけれど…客1人として居ない店内に私が入って何も頼まずに鮫を待つなんて非道な真似はさすがに私には出来ないもの。借りにそうしたとしても、後で哲也に合わせる顔が全くなくなってしまうから絶対にしない。まあ…何かしらを頼めば良い話なんだけど1人で食べるのは寂しいし…。「ずび…」ああもう…寒くて鼻水は出てくるし、換気扇から漏れてくるラーメンの匂いでお腹は空いてくるし…最悪。いつになったら来んのよ、あの馬鹿。



それから10分ぐらいが経って、やっと聞き慣れたバイク音が聞こえて来て鳥の巣頭の彼氏が到着した。


「なんだよ名前…寒かったら中入れって言っただろーが」
「うるせー…遅いぞ馬鹿たれ」
「おー」
「おーじゃないぞ馬鹿たれ」


到着して開口一番に何故私が怒られなきゃならんのだこの野郎。遅れて来た事に謝罪もせずに、サングラスをしたまま何食わぬ顔で私を見下ろしてるのがなんとも腹立たしい。腹が経って「どんだけ待たせんのよ!この馬鹿たれうんこ!」と言い放った瞬間に「がおー」と言いながらゴツゴツした大きい手を伸ばして両手で私の両頬を包んで来た。「は、ちょ、つめたっ!」余りの鮫の手の冷たさに反射的に片目を閉じる。まるで氷みたいに冷えきっている鮫の両手が、私の頬から全身の体温を吸い取って行く。


「カッカッカッ!まあそう馬鹿馬鹿言うなって」
「…鮫が遅れるのが悪い」
「ヘーヘー」
「寒かった」
「そりゃーわるーございました」


こいつ絶対、悪いと思ってないだろ。くそ野郎め。心で悪態を吐きながら、未だ私を見下ろしている顔を(身長差的に見下ろされるのは当たり前なんだけれども)睨む。


「いつまで触ってんのよ」
「んー暖まるまで」
「そんな事したら全身が冷えちゃうんだけど。つか、あんたの手冷た過ぎ…」
「単車乗るとよー手が冷えるんだよこれが。吃驚なくらい」
「ふーん…じゃあ手袋でも買う?」
「いらね」
「なんでよ?」
「手袋つけたら名前の頬触れねーじゃねえか」


至近距離ではないけれど、いつもの会話している距離より近い距離でそんな事を言われたら、何故か嬉しくて冷えていた体が温かさを取り戻して来た。


「…いやいやあんたが私の頬に触る度に私に甚大な被害が出るからね」
「でもよー…」
「なにそんなに私の頬が良いの?」
「おー…だってほらお前体温たけーじゃん」
「なら手繋げば良いじゃない」
「繋いだらどうやって単車乗るんだよ」
「だから乗る時は手袋履いて、歩く時は私と手繋げば良いのよ」
「ああ。なるほど」


「お前頭いーな」と言いながら鮫のでかくてゴツゴツした手は私の頬から手に移って、手を繋ぐと言うよりはぎゅっと上から握られた。「私が頭良いのは元からです」「フッ…勝手に言ってろアホ」ああなんか、付き合いたての頃を思い出すなあ…この感じ。鮫が一方的に私の手を握って歩くのが当たり前だった気がする。あの頃はそれだけでも嬉しくて頬を赤くしながらにやけてたっけ。今は、手を繋ぐだけで頬を赤くする事はなくなってしまったけど。


「ふふっ…なんか付き合いたての頃思い出すね」
「そうか?」
「うん」
「まあ…そう言われてみたら思い出すな」
「でしょ?」
「ああ…。あの頃よ実は名前と一緒に居るのも手ぇ繋ぐのもすんげー緊張してたんたぜ?」
「うそ?!全然そんな素振りしてなかったじゃん!」
「当たり前だろ阿呆。んなのを顔に出したら男失格だからな」
「なんか意外…。鮫は女慣れしてなくても緊張とかそんなのする人だとは思わなかったわ」
「オメー俺を何だと思ってやがる」
「単細胞の塊」
「おい!」
「あははっ!」


「ったく…」笑っている私の、握っていた手を解放して「んじゃさっさと手袋でも買いに行くか」と言いながら単車にまたがる鮫の姿があの頃より幾分か、かっこ良くなっていて少しだけ胸が高鳴った。


「ねー今日寒いし鍋にしようよー」
「鍋か…良いじゃねえか!酒買ってこーぜ!」
「酒よりまず材料でしょうが!」


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ずっとモヒカンらーめんの店先でイチャコラしていたら、さすがに哲もキレますよね。





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