「名前鬼ごっこをしよう」


そう言われたのは、ちょうど今から1時間くらい前だった気がする。
せっかく私が半分ほど夢の世界に落ちていた頃に、彼…市丸隊長はいきなり私の部屋にやって来て、わざわざ私を起こしてから、にこりと微笑むかの様に首を傾げて冒頭の言葉を述べたのだった。


「はあっはあっ…!」


で、どうせ最初から私には断る権利なんて無いから市丸隊長の合図で鬼ごっこは始まった。
この遊びになんの意味があるかなんて分からない。寧ろ、意味なんて無いのかも知れない。まあ、ただたんに暇潰しのつもりなんだろうけど…。それでも少しは私の事を考えてくれても良いのに。眠たさに負けて下がってくる瞼を、なんとか開けて瞬歩して追い掛ける私の身にもなって欲しいものだ。


「大体、なんで私が鬼なのよ!」
「そんなん僕が鬼やったらすぐに終わってしまうからに決まってるやん」


「っ市丸隊長!」いつのまにやら彼は私の後ろに居て、私の独り言に返事をしてくれたお陰で吃驚して声が裏返る。


「ざあーんねん。また捕まえられへんかったねー」
「ちっ」
「あららあー女の子が舌打ちしちゃダメやろ?…ほら、はよ追いで」


早く捕まえてみろとでも言うように右手を私に差し出す。「はあ…」仕方ない。めんどくさいけどこの際、捕まえてやろうじゃないか。市丸隊長の後ろまで一気に瞬歩して捕まえ様とするが、なんとも呆気なく交わされてしまう。


「鬼さんこちら手の鳴る方へ」


愉しそうに歌いながら逃げて行く市丸隊長。あいつ…絶対私を馬鹿にしてる。市丸隊長の態度にムカついて思わず頬が引きつる。



そしてあれから30分が過ぎただろうか。依然として市丸隊長を捕まえれていない私。こうずっと瞬歩を使ってると疲れが来るのは当たり前で、正直もう体力が大して残っていない。元々、そこまで霊圧がない私にしてはよくやった方だと思う。「あれ、もう疲れたん?名前」なのに市丸隊長は全く疲れていないご様子。


「あんたが体力あり過ぎんのよ!」


残ってる体力を全部出す感じで瞬歩する。「口が悪いなあ」意外にも市丸隊長は簡単に捕まえれた。いや、ほんとはわざと私に捕まったのかも知れないけど。


「…捕まえた」
「あーあ…捕まってもうた」


捕まえれたのは良いけれど、後ろから抱き付いている様な形で捕まえてしまった自分に目眩がしながら、慌てて市丸隊長から離れる「名前離れんとって」筈だったのに、片腕を隊長に捕まれ、離れるに離れられなくなった。


「あの…隊長?」


暫く隊長は口を開かず、沈黙が流れる。「僕を…」やっと口を開いたかと思ったら、市丸隊長にはとても似合わない今にも泣き出しそうな震える声で言葉を紡ぎ始める。


「なんです?」
「…僕を離さんとってな」
「え…?」
「消えない様に力いっぱい捕まえとって」


「…あと、僕が消えてしまっても…名前は泣いたらあかんで」そう言った市丸隊長は声も身体も震えていて、私はどうしたら良いか分からずただ頷いた。
市丸隊長が消える訳がないと思いながら。


これが始めて市丸隊長と、触れ合った最初で最後の日になるとも知らずに。





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