そいつは酷く滑稽な奴だった。

この死ぬ事の出来ない地獄で、自由になる方法はこの身体に繋がれた忌々しい鎖を切る事しかない。なのにそいつは、死ねば自由になれると言うよく分からない馬鹿な勘違いをしていた。
だから、クシャナーダにわざと見付かりに行って俺にニコニコしながら「いってきます」と言ってから喰われて苦しい思いをして生き帰るという終わる事のない行動を何度もしていた。それをいつも俺は見ていた。何故、その方法が間違っていると教えてやらなかったのかと尋ねられると正直、今も俺は答える事が出来ない。只の意地悪で言わなかったのか、ほんの出来心で言わなかったのかあの時の俺でさえ分からなかった。


少し前にそいつに尋ねた事がある。「いつまで続けるんだ」と。そしたらそいつは「自由になるまで」とまたニコニコしながら言った。こいつの顔はいつも笑っている気がする。まるで笑顔が張り付いているみたいに。この時、もしもこいつにその方法は間違っていると言ったらこいつはどんな顔をするだろう?と思った覚えがある。


そして、あの日もまたそいつはクシャナーダに喰われに行った。
いつも次の日にはあの張り付いた笑顔で「またダメだったー」とか言いながら帰って来てた。のに、そいつは帰って来なかった。まさか…死んだのか?と思ったが俺に比べちゃ大した回数生き帰りをしている訳ではないからそれは有り得ない。なら、あいつは何処だ?別に俺は好き好んであいつを傍に置いておいた訳じゃなく、あいつが勝手に俺に着いてきて、鬱陶しくてしかたなかったんだ。だから理由はなんであれ居なくなって良かったじゃねえか。そう思うのに、無意識に双眼はあいつの姿を探している。
「無様だ」
一瞬、あの憎たらしい朱蓮にそう言われたかと思って振り返ったが朱蓮は何処にも居ない。「くそっ…!」確かに今の俺は誰がどう見ても無様だと思うだろう。鬱陶しくてしかたなかった奴を必死になって探してんだから。阿呆らしい。鬱陶しくてしかたなかった奴が大切だなんて。


「名前っ!…………名前?」


絶望した。この地獄に居るだけで何度も絶望を味わってきたがその比にもならないくらい俺は絶望した。必死になって探し回ている間に大切だったと気付かされた名前は第二下層の蓮の船の上…クシャナーダの墓に横たわり生気を無くした虚ろな瞳で何処かを見ていた。
あの張り付いていた笑顔は何処にもなく、変わりにだらしなく開いた口から「怖い」と擦れた声で繰り返し呟いていた。クシャナーダに喰われから生き帰り、どうしてこの蓮の上に来たか分からない。笑顔が張り付いていて苦痛や絶望に恐怖してる素振りなどしていなかった奴が何故こうも簡単にクシャナーダに心を砕かれてしまったのか分からない。


ただ分かるのは渇ききった俺の双眼から枯れた筈の涙が静かに流れて行く事と、生気を無くした名前が無様で滑稽だと思った事だけだった。





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