Q.父親でも可笑しくないほどの年齢の既婚男性を好きになってしまいました。(中1/女子)
A.思春期にありがちな気の迷いです。あきらめましょう。
新聞部が毎月発行する校内新聞の相談コーナーにそんな面白味のない記事が載った次の日、あんまりな一刀両断っぷりに落ち込む私の目に飛び込んできたのは、校庭ではしゃぐ件の想い人の姿であった。和装に裸足の中年男性がテニスラケットを片手にグラウンドの真ん中で奇妙な動きをしているのである。場合によってはしかるべきところに通報されてしまうだろう。完全に不審者である。
「南次郎さん、何やってるんですか?」
渡り廊下から身を乗り出して声をかけた。南次郎さんは愉快そうにこちらを向く。赤ら顔からお酒が入っているのだろうかと邪推したが、彼が手に持っているのはジュースの缶だ。
「お、今は授業中じゃないのか?」
「休み時間ですよ」
「そうかそうか、大人はいいぞぉ、楽しいぞぉ」
また訳の分からないことを言う。この人は近所のお寺の住職さんである。それから、相談コーナーへの投稿では流石にぼかしたが、同級生のお父さんでもある。「恥ずかしいから、オヤジのことは絶対内緒にしてね」と、普段はクールなあの男の子が歯を剥いて念押ししたのは、私がしょっちゅう境内に遊びに行くようになってからだ。
「何やってんだい、南次郎」
「げっ…」
怒り心頭といった様子の竜崎先生が現れて、いい大人である南次郎さんの首根っこを掴んで職員室に引き摺って行く。
「アンタもあんまり変な大人と絡むんじゃないよ!」
私に釘を刺すことも忘れない。
「ったく…何考えてんだか」
二人と入れ違うように靴箱の方から歩いて来たのは同じクラスのリョーマくんで、彼は私と同級生であると同時に男子テニス部の期待のホープで、おまけに南次郎さんの息子でもあるのだから、さぞや忙しい青春を送っていることだろう。
「どうしたの?」
私の問いかけに、彼はムッとした表情を作る。思春期特有の、沸点の低い感情の機微。
「クラスメイトが不審者と話してたら、様子見に来るの、普通じゃない?」
「不審者っていうか…」
アンタの親父だよ。睨まれたから、言えなかったけど。
「リョーマくんは、心配性だねぇ」
代わりに別のことを言ってやったら、今度は首を傾げられた。寄せれた眉根が、彼がまだ不機嫌であることを物語る。
「カノジョの心配して何が悪いの?」
そういえば、私たちの関係はそういうことになっているのだった。奇特なリョーマくん。私は思わず笑ったが、彼はその真意を理解して、もっと不機嫌になった。
俺と付き合ってよ、と。リョーマくんは言った。俺と付き合ったら遊びに来放題だよ、とも。渡りに船とはまさにこのこと。私は二つ返事で了承した。この頃の南次郎さんときたら、こんなとこでオジサンの相手なんかしてないで、友達と遊びなさい、というような、まともな神経の大人のようなことを度々口にするようになっていたので。
リョーマくんは私が南次郎さんに激しく片想いしていることを知っていたけれど、あまり気にしていないようだった。当事者である南次郎さんにしたって真に受けていなかったのだから、当然といえば当然である。私としても南次郎さんが私のような子供の相手をしてくれるとは思えなかったので、初恋は初恋として別の彼氏を作る気でいたので、クラスどころか学年一のモテ男が名乗りをあげているのを、断る理由はどこにもなかった。

リョーマくんのカノジョになってから、私は今まで以上に正々堂々とお寺に遊びに行くようになった。カレシの帰りを待っていると言えば、南次郎さんは咎めるようなことを口にしない。毎日部活があるリョーマくんは帰りが遅いので、私は彼を待つ口実でたっぷり南次郎さんとお喋りできるのだ。
「今日は災難でしたね」
「おう、久しぶりにあんなに怒られたぜ」
そう言いながらも南次郎さんは、竜崎先生に叱られたことをあまり気にしていないらしく、快活に笑っている。こういうところが、無条件でいいなと思う。クラスの男子にはない懐の広さ。そりゃあ、リョーマくんは南次郎さんの息子だけあって多少は大人びているけれど、それはそれ。
「そういえば、アイツとは最近どうよ?」
ニヤニヤしながら、南次郎さんは声のトーンをワントーン下げた。
「もうチューくらいしたんだろ?ん?」
私が否定する前に南次郎さん目掛けて真っ直ぐテニスボールが飛んできた。リョーマくんのお帰りである。
「おう、遅かったな」
運動音痴の私にはろくに見えない程度の速球を、南次郎はちょっと首を傾けただけの最低限の動きで避けた。
「今度あんなに近付いたら通報するから」
テニスバックを担ぎ直すリョーマくんは敵意剥き出しといった様子で、今やっとお寺の敷地に入ったところだった。
「なんだよ、可愛いお姫様を庇うナイト気取りか?…はいはい、お邪魔虫は退散してやるよ」
南次郎さんは息子の態度が可笑しくてたまらないらしく、そんな風に揶揄しながら、本堂の方に歩いていった。

二人きりになったものの、リョーマくんは不貞腐れた顔を崩さない。嫌なだなぁ、こういうところが子供。それに比べて南次郎さんは…。
「何ニヤニヤしてんの?」
ジトッとした目でリョーマくんがこちらを睨む。身長差が殆どないので、目線はほぼ平行線。
「だって今、南次郎さんが私のこと可愛いだって!」
異性の、それも憧れの人にそんなことを言われれば、誰だって舞い上がってしまうに決まってるじゃないか。浮かれる私に、リョーマくんはため息をついた。
「そんなの、俺はいつも思ってるのに」
リョーマくんは小声で、それでもはっきりと爆弾発言した。
「え?」
思わず聞き返した私に、今度は刺々しく言う。
「そういえば、校内新聞のあれ…アンタでしょ?」
私は反射的に首を横に振った。リョーマくんの言葉の意味を考えるのに必死で、一瞬本当に忘れていたのである。 

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