「え?」

「だからさ〜、名前の好きなもん何でも良いから教えてほしいんだよね。
ほら、幸村クンって名前の幼馴染だろぃ?」

偶々部室に居合わせた丸井が口を開いたかと思えば、突然俺にそんな事を言ってきた。
名前というのは丸井の言った通り俺の幼馴染で一つ年下の後輩。
テニス部のマネージャーでもある。

「…それはまた随分といきなりだね。
どうしてそんな事を聞きたいんだい?」
「え!?いや、ほら…
アイツマネージャーすげえ頑張ってるし、
その…えっと、偶には先輩としてなんかしてやんなきゃなー!み、みたいな…?」

回りくどい言い方をするなぁ。
まさかそれで気持ちを悟られないようにしているつもりかい?

「そう、丸井は優しいね。
確かに名前はよくやってくれてるし、偶には感謝の気持ちを籠めて何かしてあげた方が良いのかもしれない。
うん、それじゃまた何か考えておくよ」

「えっ…」

「ん?
どうかした?」

「い、いや…その…」

俺の返答が求めていたモノとは違ったのか、何か言いたげな様子を見せたあとに丸井は顔を背けた。
うん、それで良いよ。
そのままずっと静かにしててくれ。


「…あ、の!
ゆ、幸村くん…!

実は俺、名前のことが好きなんだ!」


あぁもう嘘でしょ、勘弁してほしいな。

丸井の気持ちには当然気付いていたけど、まさかこのタイミングで俺にカミングアウトしてくるとはね。
それだけ彼女に対して本気という事なんだろうけど、うーんちょっと…いや、かなり迷惑だな。


「…へぇ、そうだったんだ。
全然気付かなかったよ」

さも初めて知った様な口振りで微笑む。
正直そんな分かりきっていた事はこの際どうでもいい。
それより、

「あのさ…だから幸村クン、俺に協力してくんない?」

ほらね、絶対言うと思ったよ。

早い話が幼馴染の俺は名前に一番近いし情報量も多いから協力者として有益だということだろう。
そりゃあ俺が協力者ならさぞ心強いだろうね。

…だけど丸井、
それは俺が協力者になる場合の話だよ。


「うーん。
協力と言われてもなぁ」
「頼むよ!
アイツ鈍感だし中々上手くいかなくてさ…
それに幸村クンが協力してくれたら百人力だし!」

「ふふ、買い被りすぎだよ」

というより、盲目だね。
恋する気持ちが先走り過ぎて全く周りが見えていない。
そんな手の内と現状を教えてどうするんだい?


恋敵の俺に。


そう、俺は丸井の恋敵。
丸井との極端な違いと言えば、今現在の俺は彼女と付き合うとかそういう事を考えていないという点だけだ。
だって焦る必要はないから。
そんな事は全国大会三連覇した後でも遅くはない。

丸井の言った通り、もし俺が協力してあげたなら確かに百人力だろうね。
…でも、俺が敵ならマイナス千人力をゆうに超えると思うよ。


「悪いけど、
それは協力出来そうにないな」

「え…?」

『どうして?』と言いたげな丸井と視線がぶつかったその時、丁度タイミングよく部室のドアが開いて話のタネの名前が中へと入ってきた。


「…あれ?」

「あっ…よ、よお!」
「やぁ名前、お疲れ様」

「精市くんに…丸井先輩?
なんだか珍しい組み合わせですね」

「いや、これは…」
「ふふ、まあね。
今ちょっと丸井の相談に乗ってたんだ」
「ゆ、幸村クン!?」

「相談…?
丸井先輩、なんかあったんですか?」
「い、いやその…」
「ううん、そんな大した事じゃないから名前は心配しなくても大丈夫だよ」

「え、でも丸井先輩が…」


うん。なんか普通に気に食わないや。
相手が誰であっても彼女は心配するんだろうけど、面白くないものは面白くない。

…仕方ないね、軽く牽制しとくか。


「ところで名前」

「え?」
「相変わらずお風呂上りにバスタオル一枚でウロウロしてるんだって?」
「ぶっ!」

俺の発言にすぐさま噴き出した丸井。
一体彼女のどんな姿を想像したのかな…?

「ちょっ…!精市くん!?」
「おばさんから聞いたよ。
昔から直らないよね、その癖」
「ま、丸井先輩もいるのに…!
やめてよもうバカバカ!」
「え、恥ずかしかったの?
中一に上がったばかりの頃なんて俺がいるのにバスタオルでウロウロしてたから、てっきり今でも気にしてないかと思っちゃった」

「精市くん!!」


一見名前をからかっている様に見えるかな。
でも、狙いは名前でなく丸井だ。


「…あ、な、仲良いんだな」

うん、効いてる効いてる。

「仲良いっていうか、幼馴染みですし…精市くんは昔から私をからかうのが趣味なんですよ」

もう、お喋りだなぁ名前は。
でもいいよ、今のは俺が一番言いたい事を言うための布石に過ぎない。

「ま、まぁそうだよな!
幼馴染みって兄弟みたいな感じになるってよく聞くし、」

「そんな事はないよ」

本当の攻撃は、これから。

「え?」
「俺と名前は結婚の約束してるからね。
まぁ兄弟っていうより、婚約者って感じかな」

「ちょ、急にどうしたの精市くん…
だってそんなの」
「小さい時の話だって?
関係ないよ、だって約束は約束だもん」

「えぇ…?
またそういう事言って…
どうせからかって遊んでるだけでしょ?」
「あ、名前はひどい子だね。
俺を弄んだのかい?」
「もう精市くん!」

「あはは、ごめんごめん冗談だよ」


そう、こんな幼い頃の約束なんてきっと無効だろう。
俺だって過去に縋って名前を縛りつけるつもりなんて初めから毛頭ない。

でも、これで丸井にはしっかり伝わった筈だ。

『俺も名前のことが好きだからお前に渡すつもりはないよ』っていう、この間接的な意思表示がね。

心なしか焦燥しきった様子の丸井を見て満足感に包まれる。
諸問題が一つ片付いたようで、心が晴れ晴れするよ。


「…幸村、くん」
「さ、お喋りはここまで。
部活の続きをしようか」

「…、」

尚も食い下がる様に見上げてきた丸井へ応える代わりに俺はそっと微笑んでやった。


この緩やかな一撃を、君に。


Fin.
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