私は必ず、どんなに仕事でどんなに疲れていたとしても、午前1時過ぎまで起きているようにしている。






明日の仕事に備えての寝る準備が終わった時、タイミングよくテーブルの上に置いてあったスマホが震えた。



「もしもし、」

『おーおー、出るの早すぎじゃなか?さてはおまん、俺からの電話を待ってたじゃろ』

「ち、違う!出るのが早かったのはちょうど寝る準備が終わったところにかかってきたからで…!」

『クククッ…まあ今回はそーゆーことにしておいてやるとするかの。…それはそうと、もう名前の部屋の近くまで来てるけえ。じゃから、もう少し起きててな』



それだけ言うと、雅治は私の返事も聞かずにぷつりと電話を切ってしまった。
私の返事を聞かずに切った理由は、私が絶対に断らないとわかっているから。

口では必死に待っていたのではないと否定したけれど、残念ながら私が雅治の電話をこんな遅くまで待っていたということは、紛れもない事実だ。
きっと、それは雅治にはもうとっくのとうにバレてしまっているのだろう。
私がこの時間まで必ず起きている理由は、終電をなくして家に帰れなくなった雅治から今日みたいに電話がかかってくることがあるから。

いつかかってくるかわからない電話を毎日辛抱強く待つ理由は、雅治のことがどうしようもなく好きだから。
だけど…残念ながら愛しの雅治には、私と出会う前から付き合っている同い年の大学生のかわいい彼女がいる。
6つも歳上の私みたいなおばさんが、彼と同い年の大学生の女の子に適うはずがないとわかっていても、止められなかった。

好きで好きで好きで…、どうしようもなかった。自分よりも年下の大学生なんてありえないと思っていたのに。


半年程前、仕事で大失敗したことが原因でかなり落ち込んでしまい、弱いくせにお酒を浴びるように飲み、結果具合が悪くなり、公園のベンチで死にそうになっていたところを介抱してくれたのが雅治だった。恥ずかしながら、それが私と雅治の出会い。

見ず知らずの相手だったはずなのに、なぜか雅治の隣は不思議と安心できて。
気がつけば、その日仕事で大失敗してしまったことや自分の身の上話などをべらべらと初対面のはずなのに、2時間もしゃべってしまっていた。
今思えば、雅治もよく見知らぬおばさんのどうでもいい話を延々と聞いてくれたものだ。あの時からきっと、彼は私の心を掴んで離さなかったのだろう。



ピピピピピーンポーン



「早かったね」

「こら。ここんとこ物騒なんじゃから、ちゃんと誰だか確認してから開けんしゃいって言ったじゃろ」

「ふふっ。こんな時間にチャイム連打するのなんて雅治くらいしかいないでしょ」

「もしかしたら帰れなくなった酔っ払いかもしれんじゃろ?…まあ、俺もそうじゃけど」



彼はそう言って屈託のない笑顔を浮かべるといつも通り、私が許可を出す前にずかずかとリビングへ歩いて行った。
それを見て、なんだかここを自分の家のように思ってくれてるみたいで嬉しい、なんて思ってしまう私はきっと重症だ。
ああ、もう。大学生にもなってチャイム連打しちゃうところとか、笑うと見た目の割にかわいいところとか、歩くと揺れる銀色の猫っ毛とか…、悔しいけど全部好き。大好きだ。

顔を見るだけで、不安や葛藤は一瞬で吹き飛んでしまう。まるで彼は魔法使いのようだ。またこんなこと考えてるなんて、ほんとどうしようもないな…私。



「いつまでそこにつっ立ってるんじゃ。あんまり一人ぼっちにされると、まーくん寂しくて死んじゃう」

「あははっ。雅治はいつの間にうさぎちゃんになったの?」

「じゃけど、死んじゃったら名前ちゃんの顔見れなくなっちゃうからやっぱり死ねない」



私の手を引いてソファに座らせ、胸元に顔を埋めている。私からは雅治の顔は見えない。
私もだよ。彼女にも同じようなこと言ってるのかな。それとも私だけ?そんな考えが頭の中でぐるぐると回っている。
彼女の前ではどんな感じなのかな。…私に見せない雅治を見せたり、出来ない話もしたりするのかな…。

だけど、絶対そんなこと聞いたりしない。こうしてそばにいれるだけで満足だから。



「……名前のにおい落ち着く。次の分まで充電しとかんとな」



そうぽつりと呟くように紡がれた言葉を聞いて、「次はいつ会えるの?」という問いかけが喉まで出かかったけど、それをぐっと飲み込んで銀色の細い髪に指を通した。
どうせどんなに会えなくたって寂しくたって、絶対に嫌いになんてなれないなんだからそんなの確認する必要ないもの。毎日、きみに会える数時間を楽しみに待ってしまうのだから。

でも…、少しだけ願ってもいい?いつか一番になれますようにって。







(きみのそばにいられるなら都合のいい女でもかまわないわ)
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