企画ドリーム | ナノ



【五虎退】by柊歌

「……はぁ、疲れた。任務はこのくらいにしておこうかな」
本丸での机仕事を一通り終えて、一服しようかと思いながらきちっと揃えた裾をはだけすぎない程度に正座を崩す。
そこに、普段から気弱で、けれどしっかり芯を持ったあの子の声が襖越しにかけられた。
「あ、あの…主様。近侍のお仕事、お、終わりました」
なにか失敗したわけでもないだろうに、おどおどとした声音からきっと眉を垂れさせて報告しているのかな、と想像すると可愛らしくてクスリと笑みがこぼれる。
「あの、主様…?」
「ふふ、ごめんね。五虎退入ってきていいよ」
なかなか返事が返ってこなかったので不安になったのだろう。再びかけられた声にクスクスと笑いながら入室の許可をする。
「し、失礼します」
「やだなー、そんな固くならないでってば。それと五虎退?声さえかけてくれれば入ってもいいって言ってるでしょ?」
「はっ、ひゃい!」
「だからぁ」
このやりとりも何度してきたのだろうか。私が就任した時の初鍛刀は言わずもがなこの五虎退だ。
そして顕現させてからずっと五虎退に近侍を任せている。
理由はとても単純だ。初鍛刀だから愛着はもちろんある。また、この子は他の短刀達と比べて些か自己評価が低すぎるきらいがある。だから少しでも近侍の仕事をこなす事で自身の自己評価を上げていってほしいという願いから近侍を任せていた。
まあ、今はもう五虎退が近侍でないと落ち着かなくなってしまったのは私の方だけれど。
「あれ?五虎退、君の小虎達は?」
「あ、そ、その……主様にその事でお話が」
過去を思い出しながら五虎退と話しているとふと違和感を感じた。
改めて見ると五虎退と私にまとわりついてくる愛らしい小虎5匹が見当たらない。
その違和感を五虎退に尋ねてみると困った顔をされてしまった。
「どうしたの?なんでも話してみてよ。あ、あと、私のことは主様呼びしないって約束もしてるよね?」
「あ、そ、そうでした。えぇっと、み、弥虎(みこ)様……その、驚かないで聞いてくれますか?」
我が本丸では一貫して主呼びを禁止させている。だって、私は私だから。主なんて普遍的な呼び方よりもいち個人として名前で呼んでもらいたい。
そういうと彼らはみんなはじめは戸惑った顔をするけど、慣れてみたら簡単に呼んでくれるようになった。未だに慣れないのは五虎退くらい。
「さあ、どうかな?話を聞いてないのに驚かないなんて自信ないな」
少し意地悪してみると途端に涙を目の端に浮かべる。
「うぅ、で、では!驚いてしまうかもしれないですから、こ、心してお聞き下さい!」
五虎退はいつになく力強く私にそういうとばっと後ろをふり向いて襖越しに声をかけた。
「み、みんな!お、おいで!」
襖には5人の短刀ほどの小さな人影が伺える。そして、すっと開いた襖から部屋に滑り込むように入ってきたのは、瞳や髪型は違っても、みんな一様に白い髪を持った男女それぞれの子供が5人。しかもどこか既視感を感じるが、見たことのない子供たち。
「え、え?こ、この子達は?一体どこの子なの?ご、五虎退説明して!」
混乱する私に五虎退ではなく部屋に入ってきた子供たち五人がそれぞれ喋り出した。
「弥虎様、私達のことわかりませんか?」
まず初めに先陣切って私に話しかけたのは背までの髪にリボンをカチューシャのようにまいていて金の瞳がたれ目がちの女の子。
「分からなくても仕方ないんじゃないかな」
そう言ったのは首にきっちりとリボンを巻き、碧い瞳の奥に、例えるならば薬研のようなキリッとした感じの賢さ、冷静さが伺える男の子。
「まあ仕方ねえだろ!俺達も最初は何が何だかって感じだったし」
初めの女の子の背を叩くのは勝気そうな青い瞳を持った男の子。この子は胸にリボンのバッジを留めている。
「そうそう!仕方ない仕方ない!それより弥虎様ー!遊ぼうよー」
髪を肩まで切り揃えた金の瞳の女の子は明るく笑うとずいっと私に近づく。この子はスカートから覗く足にリボンをしていた。
「まってまって、弥虎様に僕達のこと何も話してないよ」
最後にそう言ってやや暴走組?の2人を押さえたのは今までの4人と違ってどこにもリボンが見当たらない金の瞳の男の子だった。
私が返答に窮していると、今までいつ声をかけようか逡巡していた五虎退が突然大きな声をあげた。
「み、みんな!お、おすわり、だよ」
その声を聞いた5人の子供達はそれぞれ正座に体育座りに胡座にとすっと座った。
「え、えと弥虎様…お、驚かせてしまってごめんなさい」
「そ、それはもういいよ…それより説明してくれる?」
「え、えぇっと…その、この子達は、僕の…」
「「「「「五虎退くんの虎だよ!」」」」」
話始めた五虎退を遮るように一斉に声を上げる。
「!?」
「も、もう、弥虎様がびっくりしてるでしょ」
「ま、待って…?という事は、君たち五虎退の小虎5匹ってこと?」
「「はい」」
落ち着いた感じの男の子と女の子が頷き
「だーからそう言ってんだろー?」
「ねー」
猪突猛進型っぽい元気すぎる感じの男の子と女の子が呆れた感じで顔を見合わせ
「まあ、そういう訳なんだ」
と4人の中間のような1人だけリボンのなかった男の子が五虎退に似た困った感じの顔で苦笑する。
そうして、小虎改め、元小虎の5人と出会った。

「で、五虎退、本丸の皆は知ってるの?」
私はそういえばと思って聞いてみた。
「はっ、はい…。その、朝、みんなが人間になっていたのを見られて起こされたので…」
という事は、私は一番最後に知ったらしい。
「なんで先に言わないの!」
「ご、ごめんなさ…」
「私だけのけ者なんて酷いよ!五虎退!」
食い気味にそう叫んでぎゅうぅと腕の中の元気な女の子を抱きしめると
「きゃー♪」
と嬉しそうにしながら擽ったそうに身をよじった。
「そうだ、ねえ、五虎退?」
「はっ、はいっ!」
「やあねぇ、怒ってないし責めてないから固くならなくていいよ」
「は、はい…」
「小虎ちゃん含めて君たちと出会ってもう長い時が経つのだけれど、この子達の名前を教えてくれない?」
そうきくと、五虎退は唖然としたように声を零した。
「え? 」
「弥虎様!あたし達名前ないんだよー?」
腕の中の女の子がそういう。そう言われてぱちくりと瞬きする。確かにこの子達が名前で呼ばれているところを見かけていない気がするような…?
「え、五虎退、本当?」
「あ、えと、はい…いつも、虎ちゃん、虎くんって呼んでたので、それかみんなって…」
話すにつれて五虎退の声は尻すぼみになっていく。
「まあ、あたし達は全然分かるけどねー?」
女の子は五虎退に向けて笑顔でそう言う。
そこで、襖がノックされた。夕飯も終えたから、あとは湯浴みくらいかな。多分いち兄が呼びに来たんだろう。
「五虎退、弥虎様の部屋にいるのかい?そろそろ湯浴みの時間だよ」
「はっ、はい!今行きます!み、弥虎様、ぼ、僕行ってきますね」
いち兄に呼ばれて五虎退は慌ただしく出ていった。

「あ、じゃあさ!あたし達にも名前つけてよ!」
ごろごろと私のひざの上にいた女の子はそう私に提案した。すると、横から女の子への暗い声が聞こえた。
「……おい」
「ん?あたし?」
「俺も弥虎様の膝の上乗りたい!いい加減かわれ!ずりいぞ!」
そう言うのは悔しそうに涙を目の端にためる猪突猛進型の男の子の方。
「えー、いいよーん。弥虎様がいいって言ったらね!」
「いいよー」
「ほんとか!?」
私が即答すると嬉しそうに目を輝かせる。
「それにしても、名前ねぇ…あ、君男の子だからかあの子より重いんだね」
「そ、そりゃあ俺が一番ご飯食べてるし…そ、それより名前、思いついたのか?」
何かの照れのポイントだったのかふいっと顔を逸らしながら照れくさそうに言う。
「うーん、そうだね。君ともう1人の碧い瞳の男の子のはすぐ思いついたのだけれど…」
「お、俺?」
まさか自分の名前が決まってるなんて思っていなかったのだろう。きょとんとした顔で私を見つめる
「うん。君は空牙(くうが)って言うのはどうかな?」
「くうが?」
オウム返しに疑問形で返されると途端に自信というものは無くなっていくもので。手近にあった紙にさらさらと筆を走らせ空と牙の字を書く。
「弥虎様?こう書いてくうがって読むのか?」
「君たちは字は読めるわけではないの?」
そう問いかけるとんー、と困った顔をされた。
「俺達人間になった時は普通に話すことは出来たけどやっぱり時とかは分かんねえなー。あ!主命と内番と戦って字なら分かるぞ!」
わかる字の一つに主命が含まれていて、私はつい笑ってしまった。笑って腹を抱えようとしたのか空牙をぎゅうと抱きしめて。
「ふふ、あっはは、おかしい!主命って!長谷部ったら流石だね!」
「み、弥虎様…く、苦しいっつーの!」
そう腕をぺしぺしと叩かれてようやく力を緩めた。
「っふふ、ご、ごめん、ね…っ…あはは、あー、だめ、面白すぎる…くくっ…」
笑いを落ち着かせていると横から落ち着いた男の子の声が聞こえた
「笑いすぎですよ。弥虎様」
「そうだそうだ。君の名前は海凪(かいな)でどう?」
「ちゃんと話をお聞きください。ええと?かいな、ですか?」
咎められた事を華麗に無視してさらりと名前の話題に戻ったことに呆れたらしい。それでも名前に反応してくれるあたりやはり可愛らしい。
「そうそう。海凪。こう書くの」
空牙の名前のしたに海と凪の字を書く。
「すみません。僕も字は読めなくて…」
申しわけなさそうにそういう海凪。
「大丈夫。せめて、自分の名前の字くらいは覚えよう?」
膝の上の空牙と横の海凪にそう声をかける。
「空牙は、空に牙、空牙は底抜けの明るさと空みたいな青い瞳を持ってるし虎だったから牙を付けてみたのよ」
「ふーん?空に牙、なぁ。まあ考えてくれてありがとな!弥虎様」
いまいちよくわかっていない顔で頷くも嬉しそうに笑顔を向けてくれる。
「そして、海凪は海に、凪。君は海のような碧い瞳と凪いだ静かな海辺のような冷静さを持ち合わせているから海凪。どう?」
「そ、そんな事は別にないのですが。恐れ入ります」
冷静に努めているようだけど、照れは隠しきれておらず両耳は赤い。
すると先ほど膝から降りた女の子が声を上げる。
「えー、空牙も海凪もずるいー!提案したのはあたしなのにー」
「お前早速呼ぶのな」
「空牙、僕らの中で一番順応性高いのが彼女だから当然だよ」
そうやって私のつけた名前を呼び合うふたりを羨ましがりながら呼ぶ姿は仲良しさんそのものだ。
「君ともう1人の女の子の名前も考えたよ?」
「え、ほんとっ!?なになに!?」
興奮しきりの女の子の前で紙に筆を走らせながら名前を付けてあげる。
「華月って言うのは?由来としては君はふんわりした花っていうよりは、凛とした華!って感じだと思ったのと、瞳の色はお月様のような金色だったから」
「かづき!!な、なんかかっこいい!!」
「気に入ってくれたかしら?」
「えへへー、もっちろんだよ!」
名前の通り金色の瞳をぱぁっと輝かせて私に向けてくれる笑顔は喜びそのものといったふうだ。

ところで、この子達に名前をつけている間長い時間が経つはずなのだが、五虎退が一向に戻ってこない。湯浴みでのぼせたのだろうか。
気のせいか本丸が静かすぎる気がする。この時間ならまだ手合わせとか食器洗いとかで騒がしいはずなんだけど。
あと二人の名前をつけ終わったら五虎退を呼びに行こう。それまで待ってみよう。
そうおもって、4人目となる落ち着いた感じのリボンをカチューシャ風に付けている女の子に向き合う。
女の子は緊張した面持ちで私を見つめていた。
「だーいじょうぶだって!弥虎様ならいい名前つけてくれるよー」
華月が抱きしめてあげながらそう励ます。
「では、君の名前だけど…」
ごくりと、女の子の喉がなった。
「陽鞠はどうかな?」
「ひ、まり……ですか?その、字は?」
空牙に海凪に華月と名付けられていき、自分がどう付けられるのか想像つかなかったのだろう。戸惑いながら私に尋ねる。
「陽鞠の陽は太陽、お日様って意味の陽、鞠は…その、女の子らしいかなって思ったからなんだけど…ど、どう?」
4人目までくると私もそうそう思いつきづらくなる。そして、陽鞠は表情の変化に乏しい方なので、嬉しいのかどうか……。
「ひまり…す、素敵な名前をありがとうございます。弥虎様」
そう言うと微かに口角をあげて、微笑んだ、気がした。
「よーし、最後はお前だなー」
そう空牙が指さしたのは、1人だけリボンの持たない男の子。
「僕も特にこだわりないので適当につけてくれていいですよ」
「じゃあ、唯でいい?」
とっくに決まっていた名前を出してみると華月におどろかれた。
「はやっ!?」
「ゆい、ですか。流れ的に字とか由来、教えてくれるんですよね?」
「当たり前だよ。字は唯一の唯、よ。由来は単純に君1人だけ皆と違ってリボンがないからさ」
そう言われてしばし目をぱちくりするとあぁ!と合点が言ったように手を合わせた。
「いやぁ、僕、付けてもらってもすぐなくしちゃって…」
へへ、と唯は恥ずかしそうに俯きがちになりながら頭を欠く。
そんな唯を囲んで私達は笑いあった。5人は一様に嬉しそうにお互いの名前を呼びあっていた。

こうして、元小虎全員の名前がつけ終わった。
さて、戻ってこない五虎退を迎えに行こうか。そう思った矢先に、襖が叩かれる。
「ある…み、弥虎様」
「五虎退?遅いよー。入りなさい」
そう言ってしずしずと入ってくる五虎退は風呂上がりだったのかぽかぽかと湯気を立てている。
「弥虎様」
「ん?なにかな?」
「その、みんなに名前、つけ終わってしまったんですね」
そういう五虎退はどこか嬉しそうな、けれど悲しそうな、そしてほのかに暗い狂気がないまぜになった言い表しがたい微笑みを浮かべていた。
「弥虎様、ありがとな」
「「弥虎様、ありがとうございます」」
「弥虎様、さんきゅっ」
「弥虎様、本当に、ありがとうございます」
空牙、海凪に陽鞠、華月と唯が立ち上がり五虎退の後ろに並び礼を述べてく。
「いえいえー、私もあなた達の呼び方に困っていたし、気に入ってもらえたなら嬉しいわ 。ふー、じゃあ私も寝室に向かおうかしら」
そう言って襖を開けると庭の姿などなく、真っ暗な、吸い込まれそうな暗闇が広がっていた。
「きゃっ!?」
後ろから引っ張られてつい尻餅をつく。
「あっぶねえなー。弥虎様死ぬつもりか?」
「え?し、死ぬ?」
引っ張った空牙は平然ととんでもない単語を言い放ち、それを拾った私はオウム返しのように聞き返してしまう。
「弥虎様、外には出ない方がよろしいかと思われます。闇に吸い込まれた人間を取り戻すことは出来ないので」
海凪は淡々と私にはよく分からない話をしてくる。
「弥虎様、ごめんなさい」
「五虎退…?」
「はい、五虎退です。この虎くんたちも含めて五虎退なんです」
私は意味もわからずただ疑問を浮かべて耳を傾ける。
「本来、付喪神の僕達には真名……ええと、本名を教えちゃダメなんです。それは、人を操れる禁忌が起こせてしまう、ので」
「でも、私の本丸では…」
そのセリフを遮るように陽鞠が反応する。
「はい。それは、弥虎様の「個」への執着が強靭な精神力を作り、鍛え上げたんだと思います。そして、常日頃から呼ばれていたため、なおのこと恐れにならなかった。要は慣れによる免疫とか耐久力みたいなものです」
混乱する頭をどうにか整理しながら言葉を紡いで返す。
「真名…私は真名を呼ばれても耐えられるってこと?」
「そういうことっ!あとね、名前は大きな縛りになるの」
華月が肯定した後、物凄くスケールの大きそうなことをいう。
「ええとね、弥虎様は、僕達に…「五虎退」の小虎たちに名前を付けたよね?」
「そうね」
「付喪神が、人に名をつけられること、それは人の子が僕ら付喪神に真名を呼ばれるのと同じくらい大きいことなんだ。だって、人の子が神様に真名を与えるんだよ?」
唯が遠まわしに伝えてくることに痺れを切らした私はついにキレた。
「簡潔に言って!!説明がまどろっこしくて混乱するの!」
すると再び五虎退が口を開いた。
「その、神隠しにあったって……こと、です」
「はぁ!?」
突拍子もないことに開いた口が塞がらない。
「虎くんたちに、名前をつけることを通して、弥虎様は僕ら「五虎退」という神に、取り込まれて神隠し、されたんです。これからは、僕らと、ずっとずっと、一緒、です」
「「「「「弥虎様、これからもいーっぱい遊びましょう!(ね!)」」」」」
呆然とした私を見ながら五虎退達は、無邪気に、嬉しそうに、微笑んだ。

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