企画ドリーム | ナノ



【岩融】by柊歌


「のう、主よ」
昼餉の準備をしていると厨の戸の方から岩融の声が聞こえた。
「うん?岩融さん、どうしたの?」
「いやなに、練度が上がりきってしまったからな。ちと暇だったから主に話でも付き合ってもらおうかと思ってな」
ぼくは年齢にそぐわず背丈が低い。今剣くんとほとんど同じくらいだ。
そのため、刀剣男士随一の長身を誇る岩融さんと会話するには真上を向くほど見上げなければならない。
「なんだ、主はいつ見ても小さいな」
「……それ、ぼくを馬鹿にするために言ってるの?」
「がっはっは!今剣と同じくらい小さくて可愛らしいではないか!」
「可愛いとか、そんなことないんだけど……お話に付き合うけど、昼餉の準備の邪魔はしないでね」
「おう!俺は料理なぞ出来ないからな!」
大の男が自信満々にいう姿はどこか滑稽で笑ってしまう。
「まあ、分かってるならいいんだよ。うん……それで?お話ってどんな?」
そう話を振り返すと真剣な声色で静かに言った。
「主は、歴史改変をどう思う」
まさか刀剣男士である彼からそんな問いが投げかけられるなんて思ってもいなかったぼくは面食らってしまう。
けれど、刀剣男士達を束ねる長たるぼくが動揺してはならない。そんなプライドがぼくの表情を支えてくれた。
「それは……岩融さんも知ってる通り、あってはならない事だよ。過去を変えたらぼく達のいる現世にまで影響してしまう」
努めて冷静にそう言うと岩融はどこか安堵の表情を浮かべた。
「そうだな。主はよく分かっておる」
そう言うとぽんぽんと今剣にするように岩融はぼくを撫でた。
おかしく思って首を傾げるもそのまま岩融は厨から出ていってしまった。
「変な岩融さんだなぁ」

当たり前な事とはいえ主に聞くことが出来てよかった。
俺は道場で横になり存分に体を伸ばして安堵による息を吐き出した。
それは厚樫山出陣の時、今剣になぜ歴史を変えてはいけないのか、という問いに対して咄嗟にその歴史は現世の我らに続くからだと言った。
しかし、此度の戦いにおいて少しばかり考えることが増えた。
今剣から聞いた話だが、江戸城内での検非違使との遭遇では何かを叫んでいるようだったときいた。
何か罪は許されるべきだという類の叫びだったようだ。
しかし、俺達には知ったことではない。
そうは思うのだが、奴らのいう罪がなんなのか、どうにも頭に引っかかる。
そもそもなぜ検非違使などがいるのだろうか。
罪とは何か?歴史を変えることか?いや、違う。
奴らは遡行軍を切り捨てる側でありながら俺たちにも斬りかかってくる。
奴らにとっては、俺達も遡行軍も歴史の中にいる"異物"であることにはきっと変わりはないのだ。
ならば、罪とは……?
練度が上がりきってからというもののやることが無くなってしまって、ふとこのような物思いに耽ることが増えた。
もしや……検非違使は俺達が主を亡くし、暴走したゆえの末路なのではないか?
ならば、色々なことに合点がいく。
思えば検非違使は禍々しく恐ろしく強いが、奴らのもとが俺たちだったのなら頷ける。
歴史遡行軍は大体が俺達よりも比較的弱く、倒すことが簡単だ。
もし検非違使の奴らが十分に練度を積んだ俺たちだったら……?
もしや罪とは検非違使と成り果ててしまった俺達の贖罪の嘆きなどではないか?
「いわとおしー!かえってきましたよー!」
暗く沈んだ思考を掬いあげてくれたのは今剣だった。
「あ、あぁ、今剣帰ってきたか」
「つかれましたよーまたけびいしがでてきてー」
そう言う今剣は頭の兜を外し頭をふるとふわりとやや癖のある髪を揺らした。
「また無茶をしたのか。ほれ、髪が乱れているぞ」
今剣のすっぽりと覆い尽くしてしまいそうな頭をワシワシと整えてやる。
「わー」
特に嫌がる素振りもなく今剣はキャッキャとされるがままにしている。
「のう、今剣よ」
髪を整えるという目的からいつの間にかただぐりぐり撫でていた手を止めて俺は今剣に問いかけた。
「なんですかー?」
俺の手が止まりキョトンとした顔で今剣は見上げてきた。
「もしも、今の主が亡くなったらお前はどうする?」
前の主、義経公を亡くしている今剣に問うには酷だったかもしれないが、修行を終えて戻ってきた今、どのような答えがかえってくるのだろうか。
「……」
今剣は顔を俯かせたが、気丈にも真っ直ぐ俺の瞳を見つめて応えた。
「あるじさまはさきにいったりなんかしません。それに、ぼくは……どこまでもあるじさまについていきます。ひらのどののように……」
しかし言葉は尻すぼみになっていき、俺を見つめる瞳にも不安の色が見える。
「あるじさまが、なくなられた、そのさきまで……ぼくは、あるじさまだけのかたなだから……」
やはり今剣には酷な問いだったようだ。そう思い俺はいつものように再び頭を撫でてやる。
「がっはっは!例え話だ。今剣よ。我らは主の命を、歴史を守るために戦っているのだ。弱気になっている暇などないぞ」
笑い飛ばしてやれば今剣はぱっと顔を上げ、多少は明るい顔を見せる。
「そ、そうですよね!それではきょうのてあわせおねがいします!!」
言われてみると今剣との手合わせは極となって帰ってきてから一度も行っていない。必然どれほど力量が上がったのかまだ知らないのだ。そう考えると顔が緩む。
「おう!どれくらい強くなったかな?」
「ひさしぶりですけど、てかげんなんてしませんからね!しゅぎょうのせいか、みせますよぉ!」

そう言えば、岩融さんの数珠直したのにすっかり忘れてたな。
「……岩融さんも忘れてたりして」
今日の内番で手合わせは今剣くんと岩融さんになってるはず。
先ほど今剣くんが京都から帰ってきていたから、今は岩融さんと手合わせで道場にいるかな。
そう思い、気配を悟られないようにそっと道場の入口から中を覗けば、二人の手合わせ中のかけ声が聞こえた。
「そぉれ!」
「甘いぞ今剣!」
「おおっと、ふふん。うえですよぉ!」
今剣くんが正面から肉迫した。そこで岩融さんが薙刀を払った。しかし今剣くんは薙刀をものともせず身軽さを生かし薙刀の上に着地すると瞬時に飛び上がり再び斬りかかる。
やっぱり極になった今剣くんは格段に強くなっていたようで、練度は劣るものの岩融さんの方が思うより早く降参した。
「強くなったな、今剣。前までは俺の方が強かったんだがな!がはははは!」
「ふふーん、ぼくだってつよくなったこと、ついにいわとおしにしょうめいできました!」
「見事だったぞ。まさか俺の薙刀を足場に使うなんてな」
こっそり覗いていたぼくもついパチパチと拍手してしまっていた。
「あ!あるじさま!どうですかー?ぼくもできるようになりましたよね?」
「うん。凄かったよ。京都への出陣もお疲れ様」
笑顔で駆け寄ってくる今剣くんにぼくは素直に賞賛を述べる。
「あ、そうだ。岩融さん、これ」
「おお!俺の数珠じゃないか!主が直してくれていたんだな!」
岩融さんはそう受け取るとじゃらりと体に身につける。
「うむ、やはりいつもの姿が落ち着くな。まあ、忘れてしまっていたがな!がははは」
そう豪快に笑っていたけど、予想した通り忘れてたんだ……
「よーし、今剣もう1度手合わせだ!」
「うけてたちますよー!」
そう言うやいなや、再び手合わせを始めようとする二人をぼくは止めた。
「ごめん。待って」
「なんですか?あるじさま」
怪訝そうな顔をする今剣に申し訳なさを感じながら手を合わせ頼んでみる。
「ごめんなさい!刀装の配合間違えてしまって冷却材がものすごく減ってしまって……その、厚樫山まで行って取ってきてくれないかな……」
今剣くんはぱちくりと目を瞬かせるもすぐに笑顔で承諾してくれた。
今回も極部隊で進むかな……
「主よ。俺も久しぶりに戦線に出たいというものだ。今剣に同行しても構わないか?」
意外な申し出にぼくは一瞬驚くもすぐに了承した。
「うん。厚樫山ならまだ検非違使も出ないし、行ってきてもいいかな」
「がははは!久しぶりの刀狩りだ!」
「いわとおしー出陣の準備をしましょう!」
二人とも三条の部屋に向かって準備を整えに行ってしまった。
「今の今剣くんなら大丈夫、だよね…?」

主は検非違使がいないと言っていたが、今回の出陣で検非違使がついに現れてしまった。
資材を集めるためにそこまで進もうとしたが、俺以外はまだ練度の浅い極たちだったため、度重なる検非違使との遭遇で疲弊しきっていた。
検非違使は遭遇した部隊の最高練度の者と同等の強さで襲いかかってくる。
流石に練度99の俺と同等の検非違使は極たちにとっても強敵だったようだ。
今剣に至っては貫通力の強い槍に集中攻撃を受けたせいで戦線崩壊の一歩手前というところまで重傷を負ってしまっている。
かく言う俺も重傷の一歩手前だった。
「……しざいを、てにいれるまでは、ぼくはかえりませんよ…!」
今剣を抱えれば頑固にそう言い張る。だから、進軍してしまった。
資材を手に入れたところを奇襲されてしまうとは。
「っぐ……!?」
資材を拾おうと身を屈めた時に胸を貫いたのは敵兵の弓だった。
「いわとおし!」
「流石の俺も、ここまでか……」
「だめですよ!いわとおし!いっしょにあるじさまのところにかえるんです!」
そういう今剣の声さえもどこか遠くに聞こえる。
「すまぬな…今剣、主を頼んだぞ…お前なら大丈夫だ。過去と向き合い、受け入れたお前なら……お前の願いは、もう己自身の力で叶えられるだろう……」

意識が消える少し前、先ほどの思考やこれまでの記憶が蘇る。
顕現してからのこと。小さき主のこと。
今剣と遊んだこと。
蘇るなどという生易しいものではなく濁流のように流れていく。
走馬灯というものが流れていく傍らでせんの事を思い出していた。
ああ、もしも暴走の果てに検非違使となり果て、他の刀剣男士を破壊するために戦闘狂の権化へとなるくらいなら、俺はこのままいっそ折れてしまった方がいい……。
いつだったか、七夕の時に主に願い事を聞かれた時があったな。あの時は答えられなかったが、俺の願いはきっと"刀剣男士として折れること"だったのかもしれぬな……。
人の身を得てからは、刀を狩るだけに留まらず強欲になったものだな。
まあ、数多の刀を狩ってきたのだ。当然の報いよな……。

厚樫山で一振りの刀剣の破壊が確認された。しかし、その刀剣は破壊されてもなお力強さを失うことなく、刃の部分は確かに生きていた証拠を示すように輝き煌めいていた。

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