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【膝丸】by柊歌


夜中、ふと目を覚ました。再び眠ろうと思ってもなかなか寝付けない。
仕方が無いから1度厠にでも行こうと思って部屋の襖を開ける。すると微かに誰かの泣く声が、いや、声ではないな。涙によって鼻をすするような音が聞こえた。
「……ぐすっ……すん……」
疑問に思って、その音のする方へと歩を進める。
「……我慢、しなきゃ。……うぅ……ぐすっ…」
木陰でうずくまって泣いていたのは見間違えることのない主だった。
「主…?」
俺がそう声をかけるとビクッと大袈裟に肩を揺らし恐る恐る顔を上げた。
普段は泣くにしても大声をあげてわんわんと泣くのに、こんなにも静かに泣いてる姿の主を見たのは初めてだった。
「…!!ひ、膝丸?」
驚きに目を見開く主の顔は泣き濡れて妖しい色気を放っていた。
「あ……その、主。どうしたんだ?」
つかの間惚けてしまったが改めて聞いてみると主は慌てて否定してくる。泣いていたというのに。
「な、なんでもないなんでもない!!」
「では、なぜ泣いている?誰かに泣かされでもしたか?」
「そ、んなことは……」
言いよどむと言うことは泣かされたのだろうか。ギリッと歯を噛み締めると主は怯えた顔をした。
「膝丸?どうしてそんな怖い顔してるの?」
言われて初めて自身の恐ろしいような顔に気づいた。
「俺は恐ろしい顔をしていたのか?」
そう問えばこっくりと主は頷いた。
「その、いつもの膝丸らしくないよ?兄者兄者言ってないし__」
流石にその言葉は俺に引っかかるものがあった。
「あのだな、主。君は勘違いしている」
「勘違い?」
「ああ、そうだ。たしかに俺は兄者を探してこの本丸へ辿り着いた。しかしな、俺は兄者を慕っていても主が誰かくらい認識している」
「へ?う、うん?」
うまく伝わっていないらしくもどかしい気持ちで続ける。
「主が君だということくらい分かっていると言っているのだ。それに、君が泣いていたところになぜ兄者を出す?まぁ、兄者なら君を上手く宥めることが出来そうだが……あぁ、兄者を連れてこよう」
「……ん?いやいや、ちょっと待って!?」
そう着物の袖を引かれてしまい俺はやや前につんのめってしまった。
「…なに?」
ドサリ、と倒れ込む俺の胸に主の小さな頭がドスッとのっかる。
「うわっ!…あいたたた…」
「痛いのは俺の方なんだが」
「ご、ごめんなさい今すぐどくから__」
そう言って慌てて起き上がろうとした主の頭を腕で固定してしまう。
「いや、いい。このままで」
「え、あ、頭動かせない…?」
「こうしておけば君の泣く声も響かないだろう」
「や、だから泣いてないって!!」
「何を言う。源氏の重宝の目を誤魔化せると思うな」
ほんの少し威圧を声色に混ぜて言ってやると主は言い詰まった。
「ごめん、胸借りる」
そう言うと再びぐすぐすと泣きじゃくり始める。
俺はといえば主が泣きじゃくる間月を見上げながら胸に乗る頭をゆっくりと撫でることくらいしか思いつかなかった。
「……母さん達に、会いたいよ……ぐすっ…ご飯、たべたい……なまえ、呼んでほしい……!」
主が泣きながら零す言葉はなんらおかしい事ではない。主が何時だったか笑いながら審神者と言う仕事について話してくれたことがあった。
確か審神者は元は普通の人の子だが、審神者に就任すると本丸から現世に帰れないのだと言っていた。
(やはり、人の子。若さゆえに寂しさも募るのだろうな)
主は気丈に振舞っていても齢は年端も行かぬ20年も生きていない少女。現世ではまだまだ親離れできずにいると聞く。
そんな子が隔離されたこの本丸で寂しさに身を震わせるのは当然のことだろう。
風の噂だが現世との隔離に耐えられず心を壊してしまう審神者もいない訳では無いらしい。そんな審神者の本丸はいわゆるブラック本丸と言われ、大多数の刀剣男士は不遇を受けるそうだ。
そんな本丸とは違いこの本丸はとても暖かい。それはこの少女が気丈に振る舞い、また我ら刀剣男士を愛してくれるからこそ暖かいのだろう。
けれど、この主の心が壊れてしまったら…?その時、俺達はどうなる…?
様々な考えを巡らせハッと我に返ると、泣きじゃくっていた主は今は穏やかにすうすうと眠っていた。
抱き上げてみるとなんと軽いことか。寝顔もまだ幼いものだ。人の世は短いと聞くがそれでも主の年はまだまだ人の生の始まりに過ぎない。心というものもまだ未熟だろう。そうまだまだ先のある者を俺達が潰してしまってもよいのか?弱音を吐くこんなちっぽけな娘に酷な生活を強いるべきか?

いや、よくない。解放してやらねば。

主を寝室に運び布団をかけてやった俺の心はいつしか暗い感情に飲み込まれていた。自分の部屋に戻り本体を手にすると手始めに隣で眠っていた兄者の本体に手にかける。
ボキリ
そんな音が聞こえた。
「すまんな兄者。これは憎しみゆえではない。名を呼んでもらえなかったが、次の世でこそ、呼んでもらえると嬉しいものだ。すぐあとを追う。待っていてくれ、兄者。2度と、離れ離れになどなるものか」
兄者が消えていくのを確認すると気配を消して他の部屋に眠る刀剣男士達、仲間だった者達を順番に手をかけていく。
幸いだったことに誰ひとりとして目覚めなかった。きっと誰かが1人でも目を覚ましていたなら全員に刺されてそれこそ俺が串刺しにされていただろう。
本丸全ての刀剣を折ったあと、俺は主の部屋へと戻った。
静かに眠る主の頬を撫で、音で起こしてしまわぬよう廊下に出る。
そして、最後の刀剣"俺"こと"膝丸"に手をかける。
自分の本体だからだろうか。なかなか力が入らず時間がかかってしまったが、ほかの刀剣と同じようにボキリと折ることが出来た。
「……これで、主は、君は元の家族の元へ帰れるのだろうか」
全てを終えた今、戻る術など何一つとしてない。そして、冷静になった頭でようやく、自身のしたことに恐れ戦く。
「ああ、仲間達を手にかけてしまうなんてなぁ」
その言葉と共に徐々に身が消えていく。
「俺達が消えることが君の救いになるのなら__」
その言葉を、膝丸の最後の言葉を聞いたものは誰ひとりとしていない。

翌日、少女が目を覚ました時、目の前の陽の光が指す廊下には折れた"膝丸"が転がっており、時の政府の人間たちが慌ただしく自身の本丸を駆け回っている光景が広がっていた。
寝起きすぐで寝ぼけ眼をぼんやり開いて眺めていると政府の人間達は幾多の刀剣を抱えていた。
意識が覚醒し政府の人間に話を聞こうとするも何故か本丸で見かけることなどありえない両親や兄弟に駆け寄られて抱きつかれ、涙ながらに会いたかったと言われる。
「私も会いたかったよ」
そう少女が告げると家族は帰りましょうと手を引く。
少女は嬉しそうについて行く。
しかし、少女の記憶にこの本丸の思い出は何一つなく、跡形もなく消えていた。

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