「ビリーはん付き合ってくれ!」
 ファルトの少し高めの声が、食堂に響いた。食事の手を止めて、ビリーは目の前のファルトを見上げる。
 朝飯には少し遅く、しかし昼飯にはやや早い、そんな時間帯だ。食堂に人の姿はまばらで、それでも何人かが遅い朝飯を腹に詰め込んでいる。そんな人たちがぎょっとしたようにこちらを見たのがわかった。目の前のファルトは気付いてもいないようだったが。
 口に詰め込んだパンを咀嚼して、飲み下す。ファルトは少しせっかちなところがあって、自分の思考に没頭すると、言葉が足りなくなることがある。今がまさにそれだ。とことん冷静にビリーは言った。
「何の話?」
 訊き返されてようやく、ファルトは言葉が足りなかったことに気付いたらしい。ビリーの向かいの椅子を引いて、そこに座る。ぐっとこちらに顔を近づけて、彼は言った。
「今日は狩りに出ないんだろ? だったら、ちょっと街まで付き合ってほしいんだよね」
 今日のビリーは、防具を着けていない。ごくごく簡素な、ゆったりとした普段着だ。特に予定はないし、出かけるのは構わない。首を傾げて、ビリーは答える。
「いいけど、何? 荷物持ちでもいる?」
 重いものを買うだとか、重くはないけどかさばるものを買うだとか。そういった場合に、猟団の誰かに手伝ってもらうのは、割とよくあることだった。今回もそれかと思ったのだが、しかしどうやら違うらしい。ファルトはじれったそうに、しかし声をひそめたままで言う。
「違う、買い物じゃなくて! ……こないだビリーはん、ノブツナさんと一緒に帰ってきたろ」
 いつの話だろう、と考えて、すぐに思い出した。狩猟帰りにノブツナと買い物をした時のあれだ。ノブツナがサクラに戯れについた嘘から、ノブツナがデートに出かけたと勘違いしていて、まんまと騙された面子のなかにファルトもいた。そういえばネタばらしはしていないんだったかな、などとビリーが考えているとはつゆ知らず、ファルトは続ける。
「あの時、ノブツナさんの彼女見てない?」
 ファルトの視線には、期待のようなものが含まれていた。さてどうするか、とビリーは考える。自分はあのとき狩猟から帰ったままの格好で、方やノブツナは完全に普段着だった。まさかあの日、一緒に買い物やら買い食いやらを満喫していたとは思わないだろう。どうやらノブツナはまだネタばらしをするつもりはないようだし――と考えて、内心で頷く。これは、勘違いさせておいたほうが良いだろう。
(その方が面白そうだし)
 期待のまなざしを向けてくるファルトに、ビリーは平然と嘘をつく。
「見てない。俺がノブツナと会ったのは、多分彼女と別れた後だったんじゃないかな。もう帰るところだったみたいだし」
 ちょうど俺と会ったから、俺の用事がすむまで待っててくれたんだよね、ともっともらしく付け加えておく。そうおかしな嘘でもないので、ファルトはあっさりとそれを信じたようだった。そっかぁ、と考え込む様子を見せる。まだシチューの残っている椀を引き寄せながら、ビリーは聞いてみた。
「なに、その彼女を探しに行くの?」
 ファルトは大きく頷いた。その視線が、ちらりとクエストボードを撫でる。ノブツナは、昨日の夜からクエストに出かけている。おそらく帰ってくるのは明日以降になるだろう。それを知った上で、ファルトはビリーを誘っているのだ。ノブツナに知られたくないのだろう。
「探すっていうか、実はもう目星がついてるんだよね」
 意外な言葉に瞬いたビリーに、ファルトは得意げに唇の端を上げてみせた。
「アッシュとスカイが、それっぽい人を見つけたらしいんだよ」
「それは……随分早いね?」
 あの話をしたのは、まだほんの1週間ほど前だ。ビリーは首をかしげる。ファルトは唇を尖らせた。
「だって気になるだろ? あのノブツナさんに彼女だぜ? ……んで、その人をちょっと見てみたいなと思ってさ。どうよ?」
 まあそうだなと、ビリーは頷く。ノブツナは顔立ちも悪くないし、何よりも凄腕と言って差し支えのないハンターだ。自分たちを率いる、頼れる猟団長でもある。少々身長が低めなのがコンプレックスのようではあるが、客観的に見ていい男だと言えるだろう。だがこれまでに女性と付き合ったという話は聞いたことがなかったし、失礼ながら女性と付き合う姿を想像できないのも事実だった。そんな彼に、彼女ができたというのだから、それは気になるだろう。ビリーも事情を知らなければ、おそらく気になっていたはずだ。しかし事情を知っている側としては、別の意味で気になることもある。口からでまかせで並べ立てられた女性が実在しているとなると、もしかしたら厄介なことになるかもしれない。確認はしておいたほうがいいだろう。出かける事に関しては承諾の意を伝えると、ファルトはほっとしたように笑った。じゃあそれ食い終わったら行こうぜ、と、待ちの体勢に入る。だがそれで食べるスピードを速めるようなビリーではない。とことんマイペースなビリーは、相変わらずゆっくりと食事を取っていた。
「ところでファルト」
 シチューをすすりつつ、今更ながら指摘してみる。
「さっきの付き合って発言、まずかったんじゃない?」
 きょとんと眼を見開いたファルトは、何のことか解らない様子だった。だがすぐに思い当たったのだろう。周囲を見渡すと、ちらちらとこちらを見ている人、あるいは、隣の人間とこそこそ話している人、様々だ。それはそうだろう、いきなり男が男に「付き合ってくれ」と大声で宣言し、その直後に顔を寄せ合ってこそこそと喋っていれば、誰だって気になってしまうはずだ。しかも男ふたりは、どちらもそれなりにイケメンである。ようやく状況を理解したらしいファルトは、小さく悲鳴をあげた。慌てて腕を振り回し、違うんですそうじゃないんですとか周囲に向かって訴えている。懸命な主張は、逆に疑惑を呼ぶことがあるということを、ファルトは知らないらしい。
(……まあ、いいけど)
 実害はないし、とひとり頷いて、ビリーはそ知らぬ顔でシチューを口に運ぶのだった。


     ***


 とことんマイペースに食事を済ませたビリーに焦れたのか、ファルトは手っ取り早くガーグァ車を呼んで街へと向かった。
「……で、どんな人って言ってたっけ?」
 車を降りたビリーが訊いてみると、ファルトは指折り数える。
「まず金髪。痩せてて、胸はそんなに大きくない。背が高くて、かわいい。こんなとこかなノブツナさんが言ってたのは」
 内心で、ビリーはひそかに感心した。よく覚えているものだ。だがそれをおくびにも出さず、ビリーは頷く。
「背が高いっていうことは、ノブツナより少し高いくらいなのかな」
 ファルトもそうだが、ノブツナは男性としてはどちらかというと小柄なほうだ。彼に限らず、身長などの話題を出す場合、自分の身長が基準になっている、ということは多い。ファルトがしかつめらしく頷いた。
「だと思う。さすがにビリーさんほどでかくはないだろうけど」
 そうだね、と頷いておく。ビリーはどちらかといえば長身なほうなので、ビリーと同じくらいの女性となれば相当に大きな部類に入るだろう。もちろん、そういう女性がいないわけではない。いないわけではないが、やはり稀だ。
(……見つけたって言ってたけど、どんな人だろ)
 ビリーはひそかにそんなことを思う。あの条件は、ノブツナの冗談にすぎなかったはずなのだ。その日一緒にいたビリーの特徴を、ただそれっぽく並べ立てただけの。本来はいないはずの女性が実在しているとなると、これはやはり厄介かもしれない。
「どこにいるの、その人」
「酒屋の人なんだってさ。アッシュが言うにはだけど」
 言われてビリーは、このあいだの買い物を思い起こす。酒屋には行った。ノブツナが酒を買い求めていたのも知っている。だが、女性はいなかったように記憶しているのだが。それとも、別の酒屋だろうか。
「どこの酒屋?」
「えっと、……ここからだと、ひとつ向こうの通りだな」
 頭の中の地図を確認する。そこはやはり、このあいだ立ち寄った酒屋だ。ふたりは歩いてそちらへと移動し、遠くからその店を眺める。暖簾のかかった入り口からは中をうかがい知ることはできないが、どうも女性のいるような気配はない。どこまでも無骨な店構え。
「……ほんとにいるの」
「……そういう話なんだけど」
 問うたビリーに、答えるファルトも訝しげだ。
「確かにここ、ノブツナも買いにきてたけど。……でも女の人なんていなかったような気がするけど」
「実は俺もそう思ってたんだよなあ……一応スカイ情報だと、夕方だといることが多い、らしいんだけど」
 言われて、空を見上げる。太陽の位置はまだ高い。それはそうだ、ついさっきブランチを食べたばかりなのだから。
「……夕方にまた来てみる?」
「……だなあ」
 肩を落とすファルトに、内心で苦笑する。知っていたのにこの時間に来てしまったのは、きっと気が急いていたのだろう。彼はわりとせっかちだから。
「じゃあどっかで時間をつぶそうか」
 武具でも見ようかな、と呟いたビリーに、ファルトが顔を上げる。
「あ、俺もいく。なんかさ、すげー武器を集めたとこがあるらしいんだよね」
「すげー武器?」
 具体的にどういうことだろう。ビリーは首をかしげる。ハンターの使う武器、それもG級クラスのそれとなれば、『すげー武器』と言って差し支えはないはずだ。それこそG級のモンスターから剥ぎ取った素材を使用した、珠玉の逸品と言っていい。そんなビリーの内心を察したのか、ファルトは違う違うと首を横に振った。
「アレだ、どっかの貴族が使ったりとかする、豪華絢爛な武器なんだってさ」
 わかるだろ、と言われ、ああと頷く。時折、クエストの依頼にもあることだ。剣の柄に埋め込みたいから、火竜の紅玉が欲しいだとか。そういったことだ。馬鹿馬鹿しいとは思うが、貴族とはそういうものなのかもしれない。けれど馬鹿馬鹿しいのはそういったものを作ろうとし、使おうとする貴族であって、作り上げられた武器にはなんの罪もない。興味があるかないかで言えば、確かに興味はあった。
「面白そうだね」
「そうこなくっちゃ」
 こっちこっち、と先に立つファルトの後を、ビリーは僅かに笑って追った。


     ***


「いやあ……」
 店を出て、ファルトがもらしたため息が全てを物語っていた。ビリーもため息をつきたい気分だ
 武器屋の2階に、それらはあった。おそらく本来は客である貴族へのショールーム的な意味合いなのだろうが、噂を聞いて、見に来る人間が多いのだろう。店主に言ってみると快く開けて見せてくれた。いくつかの台が置かれ、真っ赤な布が敷かれ、その上に武器が置かれている。
 多くはレイピアやクレイモアと呼ばれる、片手で使用する剣だ。その柄や鞘の部分には様々な細工が施されている。蔦の模様、竜の掘り込み、そしてそれらに沿って綺麗にはめ込まれた宝石の数々。いっそ目が痛くなるほどのそれらが、その店にはおよそ10本ほど展示されていた。試しに値段を聞いてみたが、あまり金に頓着しないたちのビリーが目を丸くする程度には、値の張るものだった。ノブツナの、どこまでも磨き上げられた美しい太刀を見慣れているふたりには、ひと目でなまくらだとわかるそれらにそんな金を払う気持ちは全く解らない。けれど使用された宝石類は美しく輝いているし、ひとつだけあった、やや大きな剣に埋め込まれた火竜の紅玉も輝きを損なってはいなかった。それらにとことん圧倒されて、よろよろと彼らは店を出てきたのだ。
 まだ目がちかちかする気がする。目を擦るビリーは、ふと漂う匂いに気付いた。端的に言うと食べ物の匂いだ。こんがり焼ける肉、からっと揚がった揚げ物。そんな食欲をそそる匂いが、風にのって流れてくる。
「……いい匂いがする」
 ひくひくと鼻を動かす。ぐったりと疲れた様子のファルトも、勢いよく顔を上げた。ほんとだ、と視線を彷徨わせ、少し遠くにある露店たちへと固定する。
「……いきましょうかビリーさん」
「そうしましょうかファルトさん」
 ちらりと視線を合わせて頷き、ふたりはそちらへと足を向けた。なんだかんだ言ったところで、結局のところ腹の虫には敵わないのだ。


     ***


 ファルトの買ってきたフィッシュ・アンド・チップスとビリーの買ってきた果実ジュースで、とりあえず腹を満たす。ごくシンプルなそれは適度な塩気と、たっぷりと振りかけられたモルトビネガーが食欲をそそる。
「……そういえばビリーさんさっきご飯食べてなかった?」
 ふと気付いたようにファルトが顔を上げる。確かに、ここへ来る前にブランチを食べたばかりだ。ビリーは口の中の芋をジュースで流し込み、ぐっと親指を立てた。
「別腹」
「……あ、そう」
 ファルトの視線がちらりとビリーの腹を撫でる。鍛え上げられた腹はぺたんこで、腹の出る様子は微塵もない。何を言いたいかは解る。それだけ食ってよく太らないよね、といったようなことだ。
「動いてるからねー」
 片手剣を使ったりハンマーを使ったり弓を使ったり。難易度の高い狩猟を好んでこなすビリーは、確かに他のハンターよりも運動量は多い。が、それを差し引いても、ビリーは元々太りにくい体質のようだった。
 ファルトはどちらかというと太りやすい体質だ。そしてそれを、ひそかに気にしている。それを知っているビリーは、そっと頬に手を添え、高い声をつくって言い放つ。
「あたし太らない体質だからあ」
 ご丁寧にオカマ口調だ。一瞬だけ頬を引きつらせたファルトは、同様に頬に手を添えて高い声で乗ってきた。
「うらやましいわあ、あたしなんかすぐ太っちゃってえ」
「そんなあなたには、コレよお!」
 言いながら、飲みかけのジュースを差し出す。このあたりで採れるリンゴを絞ってジュースにしたものだ。
「まあ、なあに?」
「実はね、これを飲むと痩せちゃうの! もう効果バツグン!」
「あらやだ夢みたいー! でも、お高いんでしょう?」
 むろん、リンゴジュースで痩せるなんて話はまったくない。ただの冗談だ。くだらない応酬をして笑いあう。通りすがりのレイア装備をまとったハンターがぎょっとしたような顔でこっちを見ていたが、ビリーはすかさず見なかったことにした。視線をそらして、ジュースを購入した屋台を見やる。
「……本当は、サボテンジュースとか気になったんだけど」
「え」
 ファルトが笑みを凍りつかせて、そちらを見やった。いくつかのジュースが並ぶ端っこに、確かに「砂漠のサボテンジュース」と書かれている。器を覗き込んだところ、なんだか毒々しい赤色だった。ついでにちょっと青臭かった。いつものビリーなら迷わずそれを選ぶところだったのだが、しかし今はなんとなく別の気分だったのだ。
「後で買ってみようかな」
「……ビリーはんってチャレンジャーだよね、なにげに」
「そうかな」
 だって変わったものは試してみたいではないか。これを逃したらもう遭遇できないかもしれないのだし。うんうんと頷いて、ファルトは続ける。
「ノブちゃんも割とチャレンジャーだよね」
「ああ、それは」
 確かにと頷く。彼もどこからか不思議なものを持ち込むことがあった。ショウユとかいう、故郷の調味料らしきものを入手したときなど、なんにでもそれをかけては顰蹙を買っていたものだ。少しだけ舐めさせてもらったらとてもしょっぱかったので、ビリーはあまり手を出さなかったが。
「ノブちゃんって、ノブツナさんのこと?」
 ふいに、後ろから声がした。振り返ると、そこにはハンター装備に身を包んだ女性が立っている。いかにも狩りから帰ったばかりらしく、装備は少し汚れていた。
「……そう、だけど」
 ファルトが返事をしながらも、目を奪われているのが解る。ビリーより少し低いくらいの身長、長く伸ばした金髪を首の後ろで無造作にくくっている。身につけている装備は、どうやら上位相当のものか。そして装備の上からでもわかる、スレンダーな身体。すっと切れ長の瞳は、空を映したように青い。
「ノブツナの知り合い?」
 問うたビリーに、彼女は微笑んだ。そうすると、どこか近寄りがたい雰囲気が和らぐ。
「このあいだ、一緒に狩りに行ったの。……それで、これ、彼が落としたようだったから」
 言って差し出してきたのは、確かに見覚えのあるものだった。太刀のひとつに着けていたアクセサリーだ。ネツケ、とか、ノブツナは言っていたか。ビリーには良く解らないが小さな塊に彫刻が施され、そこに紐がついている。その紐が、途中で切れていた。どうやら劣化して切れてしまったものらしい。
 差し出されたそれを反射的に受け取って、ビリーは金色の目を瞬く。ようやくここへ来た目的を思い出したのだ。ちらりとファルトを伺うと、どうやらこの女性を見て確信を抱いたらしいことがわかる。
(あー……)
 まずいことになった、というのが正直なところだった。金髪、長身、細身。ついでに美人。本当に、ノブツナのでまかせに合致してしまっている。おまけにどういう巡り合わせかノブツナを知っている女性となれば、勘違いしてしまうのも無理はないだろう。
「……渡して、おくよ。ありがとう」
「こちらこそ。ありがとうって伝えてもらえる?」
 ビリーは首をかしげる。何かあったのだろうか。問うような視線に気付いたか、彼女は照れたように笑う。
「や、素材集め手伝ってもらったの。私ひとりじゃ持ちきれなかったから、すごく助かったのよ」
 なるほど、とビリーは頷いた。よくあることだ。それじゃ、と立ち去ろうとする彼女に、ファルトが声をかける。
「あの、ノブツナさんとはいつから……?」
 振り返った彼女は、不思議そうな顔をする。無理もない、ファルトの言葉には大事な部分が欠けている。
「いつから?」
「お付き合い。してるんでしょ?」
 ファルトの言葉に、彼女は戸惑ったように視線を揺らす。だがすぐに、合点がいったとばかりに微笑んだ。
「そうね、もう3ヶ月くらいかしらね」
 うわあ、と思わず頭を抱えそうになり、必死でこらえる。今のはまずい。決定的にまずい。
 ファルトは、もちろん恋人としてのお付き合いの意味で言ったのだろう。だが彼女は(アッシュたちの情報が間違っていなければ)酒屋の人間だ。ノブツナは酒屋の客だ。こちらが彼女をノブツナの恋人と疑っているなんて知らないのだから、酒屋としての付き合いは、という意味で受け取ったところで、彼女を責めることはできない。そのまま少し頭を下げて去っていった彼女をなんとなく目で追い、件の酒屋に入っていったのを確認して溜息をつく。
「やっぱりあの人だったのか……!」
 すげーな美人だな、ノブツナさんやるなあと素直に感心しているファルトを横目で見て、ビリーは思わず天をあおいだ。


     ***


 ノブツナが帰ってきたのは、予定よりも早かった。ビリーとファルトがポッケ村へ戻ったその日の夜だ。ノブツナは家に戻ったと受付嬢に聞いて、ビリーは急いで彼の家へと向かった。
「ノブツナ、まずいよ」
 その言葉に、ノブツナは動きを止めて目を丸くする。彼は狩りから帰って汗を流し、一杯やろうと外に積もった雪に埋めてあった酒瓶を掘り出すところだった。そうやって冷やした酒は美味いんだと、以前に言っていた気がする。これのことか、と酒瓶を指差すノブツナに、ビリーは首を振った。
「そうじゃなくて、この間の話。まずいことになってる」
 なんのことだ、と眉間にしわをよせるノブツナに、手早く事情を説明した。最初は気楽な様子で聞いていた彼が、話が終わった頃には深刻な顔になっている。ビリーの預かってきたものを手渡されて、重々しく溜息をつきさえした。
「……確かに、俺のだ。こないだ狩りにも行った」
「どういういきさつ?」
 立ったまま話をしていてもしょうがないので、ビリーは勝手にノブツナの家の扉を開けた。雪から掘り出した酒瓶を携えて、ノブツナも入ってくる。適当に腰を下ろして、ノブツナは説明した。クエストボードをぼんやり眺めていたら、あちらから声をかけられたこと。酒屋の店員であることが解り、話を聞いたらハンターも兼業しており、使っている片手剣をそろそろ新調したいということ。特に目当てのクエストもなかったので、それならと素材集めに付き合ったこと。ついでにそのクエストの帰りに、こっそりと酒をおまけしてもらったことなどだ。ちなみに今抱えている酒が、その酒のひとつらしい。
「……なるほど」
「うかつだったなあ……」
 冷やした酒を開けることも忘れて、ノブツナがぼやく。額に手をやって、溜息をついた。
「まさかあいつらが本当に探すとは思わなかった」
 そんなことを呟くノブツナを、ビリーは冷たい目で見やった。なんとかしろよ、という意味をこめたつもりだ。その視線に、抗議するようにノブツナは眉尻を下げる。
「だってこんなことになるなんて、予想つかねえだろ」
「……まあね」
 しぶしぶと、認める。確かに、そもそも予想がつくのなら、最初からあんな冗談を言ったりしない。
「どうするの」
「どうするって……まあ、説明するしかないだろうなあ……」
 デートに出かけたなんていうあれは冗談で、ノブツナには彼女なんていない。おまえらの見つけた彼女はただの酒屋の店員で、別に付き合ってるわけでもなんでもなく、ただちょっと一緒に狩りに行っただけだ。そう正直に説明するのが唯一の解決策だ。それは解っているのだが、しかし。
「……素直に納得するかどうかは解らないけどね」
「そこなんだよなあ……」
 すっかり彼女を見つけたと思い込んでいる彼らは、素直に聞き入れるだろうか。多分、そう簡単には納得しないだろう。だが説明してみるしかない。これ以上嘘を重ねたところで、誰も得はしないだろう。
 しょうがねえな、と重い腰を上げたノブツナが、上着をひっかける。ビリーも立ち上がった。説明するなら、ビリーもその場にいる必要があるだろう。なにしろビリーだって共犯者には違いない。
(たぶん怒られるだろうなあ……)
 ファルトやアッシュ、スカイにではない。彼らに怒られたところで、ビリーは痛くもかゆくもない。だがジャックが集会所にいて、ファルトがそっちへ突撃していったのを知っている。今頃はファルトの話を聞かされていることだろう。そのジャックは真相を知れば、きっとつまらない嘘で人を巻き込むんじゃないと怒る。時々、彼はお母さんみたいだから。だが言っていることはいつももっともなので、猟団員は彼には頭が上がらない。
 集会所に行こうか、と言いながら、それでも少し気が重くてうだうだしているふたりのところに、狩り帰りの猟団員と合流して酔っ払ったファルト達が突撃してきたのは、それからおよそ3分後のことだった。




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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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